前回の記事「東京五輪サーフィンでウェイブプールの可能性はあるのか」と同様に噂話の域を出ないが、世界最高峰のサーフィンコンテストを主催するWSL(ワールド・サーフ・リーグ)が、IOC(国際五輪委員会)関係者に”ウェイブプール”での開催を相談されているまたは話を持ち掛けているのでは・・・と想像できてしまう客観的な事実を、時系列で遡ってみたい。
◆2016年5月
WSLの親会社であるWSLホールディングスが、ケリースレーターのウェイブプール「サーフランチ」を所有するKelly Slater Wave Companyの過半数株式を取得し子会社化。
「サーフィンをメジャースポーツに!」と掲げ、波の無い国や都市部でのサーフィンイベントに活用するなどのビジョンを公開。
◆2017年1月
5年間CEO(最高経営責任者)を務めWSLの原形を作り上げたポール・スピーカー氏がCEOを辞任。
WSLホールディングスにて共同経営者としての任務は遂行するとし、「サーフィンが大きな変革期を迎えている。買収したケリーのウェイブプールによって、世界中どこでもハイパフォーマンスサーフィン可能となることの素晴らしさ」を語った。
◆2月
CT(チャンピオンシップツアー)の開幕戦間近に、メインスポンサーである韓国・サムスン電子Galaxy(ギャラクシー)がサポート撤退を発表。
◆7月
WSLホールディングス前CEOとの共同経営者であったダーク・ジフ氏が暫定的にCEOの職を務めていたが、8月1日からイギリス出身の女性ソフィー・ゴールドシュミット(Sophie Goldschmidt)氏がWSLの新CEOに就任すると発表。
◆8月1日
ソフィー・ゴールドシュミット氏がWSLのCEOに就任。
1999年にアディダスでスポーツマーケティングマネージャーとしてキャリアをスタートさせ、その後は、WTA(女子テニス協会)、NBA(米ナショナル・バスケットボール・アソシエーション)、RFU(英ラグビーフットボール協会)といったスポーツ団体を転々としてきた。また、WSLの直前まで、スポーツマーケティング企業「CSM Sport and Entertainment」でもグループマネージングディレクターを務めるなど、プロフェッショナルスポーツの世界展開や商業化の先頭に立ってきたバックグラウンドの持ち主だ。
◆9月19日
「サーフランチ」にて、WSLの世界各国の代表候補者を中心に選手を集めたスペシャルイベントを開催(最終参加者は16名)。
カノア五十嵐は日本代表候補として参加したのではと話題になった。
◆10月27日
ケリー・スレーターが自身のInstagramにて、Kelly Slater Wave Companyがフロリダのパームビーチ・カウンティで「サーフ・ランチ・フロリダ」の建築許可を取得したことを公表。
◆11月4日
豪サーフメディアStab Magazineが「2020年東京オリンピックはウェイブプールで開催される可能性が高い。」と報じた。
◆11月20日
WSL2018チャンピオンシップツアー日程が発表され、「サーフランチ」も加わることが決定。
また、公式発表ではないが、2019年ツアーでは大幅なスケジュール変更なると複数メディアが報じた。それらの報道によると、2月のハワイが開幕戦、9月のタヒチが最終戦となり、ツアー開催期間が約半分になるほか、ツアー終了後にはインドネシアでメンズのトップ5~6とウィメンズのトップ3~4によるプレーオフが導入されるとのこと。
◆11月21日
CEOソフィーと複数サーフメディアとの電話インタビュー開催。
ケリースレーターのウェイブプールについては、重要施策の一つであり戦略的に展開していくとした上で、既に着手段階にある6つのプール建設計画が存在する事や、投資に熱心な様々なルートを保持していると語っている。
更に、既に非常に思慮深く戦略的な試みを始めており、ウェイブプールとは直接的に紐付けてはいないものの、オリンピックがサーフィン市場を押し広げるまたとない魅力的な機会であるとし、サーフィンのための意味ある野望と興奮が加速しているとしている。
上記の経過を踏まえ、業界内では複数の憶測が飛び交っている。
WSL前CEOであるポール・スピーカーの功績は、ASPからWSLへの移行と同時に、映像栄えする世界有数のサーフポイントで開催される、最高峰のサーフィン大会(チャンピオンシップツアー)やLIVE放送システムを築き上げたことと、Kelly Slater Wave Companyを買収し 「サーフランチ」を完成させたことなどとされている。
そのポール・スピーカーや共同経営者のダーク・ジフが、買収したケリーのウェイブプールを活用・普及させたいことは至極当然であるが、更に多額の開催運営経費が発生する近年のツアースタイルやメインスポンサーが抜けたことから、財政面でウェイブプールビジネスの成功が不可欠なのではないかとする見解。
ケリー・スレーターのウェイブプールがオリンピックに採用され、評価を受けた際は、このウェイブプールビジネスにも追い風になることは間違いなく、 WTA、NBA、RFUなどの経験を経て、豊富な人脈を持つソフィー・ゴールドシュミットがそれらの役割を期待されCEOに任命されたとする見解。
「サーフランチ」が採用された2018年ツアー日程や、先日報道のあった2019年のツアー日程変更は、五輪開催を意識したのではないかという見解。
例えば、五輪をCT終盤の盛り上がりに位置づけようとしている、WSL登録選手のオリンピック派遣の代替えとして、五輪代表選手の選抜基準としてWSLランキングを影響させる、五輪の基本原則である公平な採点基準として、実用段階に入ったウェイブプールをプッシュしている・・・などだ。
これまでの数々の既成事実によって、ケリー・スレーターのウェイブプールとオリンピックが結び付けられ、世間で囁かれているのだ。
海外の選手候補者などはウェイブプールが東京五輪の競技会場になると決め付けている者も少なく無いと前回の記事でも触れたが、何と最近では、WSL側は五輪採用が決まらずとも日本にウェイブプールを建設する、既にKelly Slater Wave Companyの日本法人が設立されたなどの話も出てきており、具体的な建設候補地名や日本法人の代表に会った、設置場所は複数個所になるなどの噂も行き交い始めている。
ちなみに、世界のトップサーファー達のほとんどがWSLで戦っているのは周知の事実だが、フル参加資格を有するサーファーには、他団体主催のコンテスト参加を禁じる制約が存在していた。WSL前CEOポール・スピーカーの時代に、オリンピックはサーフィン普及のためにも別物と考えるなどのコメントを発していたが、万一、新CEOの下でその制約がオリンピックにも適用されてしまうと、メジャーリーガーが参加できないオリンピックの野球のように、スター不在の種目となってしまう。
一方、バスケットボール種目においては、かつて野球同様プロ選手のオリンピック出場が制限されていたものの、1992年バルセロナ五輪でマイケル・ジョーダン、マジック・ジョンソンといったNBAのスーパースターがアメリカ代表として出場できるようになり、その年に金メダルを獲得。以降、アメリカ代表チームは「ドリームチーム」と呼ばれ、バスケットボールの世界的人気向上に大きく貢献した。
これはNBAがオリンピックに協力しなければ、起こり得なかった歴史的な事実といえよう。
2020年、初めてオリンピック種目となるサーフィン。その“種目生命”は、野球になるかバスケットボールになるか、どちらだろうか。
そして、その明暗を分ける一因として、ウェイブプール開催をめぐる動きが水面下で行われているのだろうか。
彼女が直近のインタビューの中で語った抽象的な言葉が意味するものとは?
今、WSLの生き残りを賭けたと言っても過言ではない、そんな最後の駆け引きが行われているのかもしれない。
COVER PHOTO:World Surf League(YouTube)
(齋藤 丈)