21世紀のガンボード革命 ーダニエル・トムソンのツインフィンガンとその背景ー

シリーズ「サーフィン新世紀」③

1940年代のサーフボード理論を応用

ワイメア級のビッグウェーブをなんとツインフィンでサーフしようというプロジェクトが進行中だ。その中心人物は、革新的なサーフボードのデザインで注目されているダニエル・トムソン。すでにこのプロジェクトはピーター・メルや他のビッグウェーバーによってテストされていて着々と改良が繰り返されている。元世界チャンプのケリー・スレーターもワイメアでテストしSNSで話題になった。(ケリーがワイメアでテストしたのはシングルフィンとトラックス誌は伝えているが実際はツインフィン。写真を見ると錯覚でシングルフィンに見える)

20フィートレンジのワイメアでテストしたケリーのボードはハチェットタイプのシングルフィン
reference : KELLY’S WAIMEA WEAPON

すでにカラーズ・マガジンがこのプロジェクトについてはダニエル・トムソンにインタビューを行っている。その記事によるとダニエルはボブ・シモンズのサーフボード理論をベースにビッグウェーブ用のツインフィンを開発したという。

つまりダニエルは単純な思い付きだけでビッグウェーブ用のツインフィンをデザインしたのではなく、1940年代にボブ・シモンズが確立した理論に基づいてそのサーフボードを製作したということである。もしこのプロジェクトが成功すればビッグウェーブサーフィンの世界に革命が起こるだろう。ツインフィンで特大のビッグウェーブをサーフするという新たな時代の幕開けとなり、サーファーの認識も大きく変わる。ちなみにダニエル・トムソンについて詳しく知りたければ、ザサーファーズジャーナル日本版22.2『スピードの黄金比』を参照いただければ彼が現在の地位を築くまでの足跡やデザイン哲学を知ることができる。

ロールスロイスで急斜面を落下する

さて、このツインフィンのプロジェクトが目指すものは何だろうか。それはサーフボードのショート化から得られるメリットだろうと推測する。パドルインでサーフするときは巨大な波をキャッチするためにサーファーはときには10フィートを超える長いサーフボードを使わなければならない。これではどんなに最新鋭のサーフボードでもロールスロイスに乗って山の急斜面を落下するようなものだ。

マーベリクスでレイトテイクオフを試みるピーター・メル
reference: photo by Javier(XTR Surfboards)

もしそれが9フィートや8フィートと短くできるならば、荒れたフェイスやタイトなポジションをダウンザラインするときのアドバンテージとなる。もちろん短くなった分だけ滑走面の抵抗も減少する。さらにダニエルが言及しているがこのボードは2枚のフィンとワイドなフィッシュテールの効果によりバーチカルなフェイスでもホールド性能が高まっているという。つまりよりディープでヘビーなポジションからのテイクオフが可能になるかもしれない。言い換えればトーインサーフィンのようなマニューバーをパドルインサーフィンで可能にするということだろうか。

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波が作るカーブも黄金スパイラルと合致する
reference: https://i.pinimg.com/originals/4c/1d/8d/4c1d8d6b4c5e29b7dbfd09ad1528d1ae.jpg

シモンズの理論は普遍

しかしなぜダニエル・トムソンは、大昔のシモンズの理論を基にビッグウェーブ用のツインフィンをデザインしたのだろうかと思う人も多いだろう。それには三つの理由がある。

その一つは、ボブ・シモンズが世界で初めて流体力学に基づいて理論的にサーフボードをデザインした工学エンジニアであるからだ。ボブはまず波の発生からブレイクするまでの自然現象を科学的に研究しそこから波のフェイスを効率良く滑走するサーフボードを完成させた。つまりボブ・シモンズは普遍な自然現象を基にして理論を構築したために、長い時を経た21世紀の現在でも色あせることなく通用している。

ダニエルはカリフォルニアでシモンズやスティーブ・リズのツインフィンと出会い衝撃を受けた
reference: photo by Scott Syllivan

二つ目はシモンズはその理論を確立する過程で、サーフボードが滑走中にハイドロプレーニング現象を起こすことに気づいた。ハイドロプレーニングとは、サーフィンで言えばサーフボードがテイクオフ後に揚力を得て滑りだす状態を指す。そこでシモンズはこの現象に詳しいリンゼイ・ロード博士の船体の流体力学に関する文献を参考にした。その結果誕生したのがミニシモンズの元祖であるシモンズ・ボードである。このボードは波の上で効率良くプレーニングするだけでなく、波のフェイスをホールドして安定しかつ加速することができた。当時、他のサーフボードは波が大きくなるとアウトオブコントロールの状態に陥ったのに対してシモンズ・ボードだけが波のフェイスから伝わるパワーを制御した。ダニエルもシモンズのレプリカに乗ってビッグウェーブをサーフしシモンズの理論が正しいことを実体験している。三つ目はダニエルがボブ・シモンズのシモンズ・ボードの縦横比がリンゼイ博士のアスペクトレシオや黄金比率から成り立つモダン・プレーング・ハルだという点にも注目したということだ。

リンゼイ・ロード博士(右)と著書“Naval Architecture of Planing Hulls“
reference: www.fiberglassics.com

アスペクトレシオ、黄金比そして黄金スパイラル

リンゼイ博士のアスペクトレシオとはリンゼイ本人が発見した船体の縦と横の長さの比率である。その比率で船体をデザインすればプレーニング効果の高い船体をデザインすることができサーフボードのボトムデザインにも応用できる。さらに黄金比率はデザインの世界ではあまりにも有名な比率で古代ギリシャに考えられた。この黄金比率はさまざまな分野で活用されていてキリスト教の十字架からエジプトのピラミッドそして近年ではアップルのロゴマークとあらゆるところで黄金比率が活用されている。

これは1:1.618という比率で、人間が目で見て美しいと感じられる比率である。さらにこの黄金比率は視覚的だけでなく力学的にも理にかなう、つまり自然界のあらゆる現象と親和性が高い。例えば飛行機の翼が設計されるときもこの黄金比率が考慮される。

黄金スパイラル:黄金比の長方形のなかに正方形を描き同辺の円を描くと一本の螺旋が完成する。

この比率を基に描かれた長方形内に正方形を描きその同辺の円を描いていくと一つのよどみのないカーブを描くことができる。それを黄金スパイラルと呼びそのカーブも自然界のあるゆる現象とマッチする。波がブレイクするときのフェイスのカーブもこの黄金スパイラルとぴたりと当てはまる。ダニエルはそのカーブをサーフボードのデザインに用いている。つまり従来から続いてきたサーフボードデザインに加えてボブ・シモンズの理論やロード博士の滑走理論そして自然界の法則である黄金律などがダニエル・トムソンの頭脳のなかで煮詰められて、ツインフィンガンという結論に至ったということであろう。このプロジェクトがどのような結果を起こすかはまだ未知数ではあるけれど、WSLのビッグウェーブツアーにツインフィンで戦う選手が登場するのもそんなに遠い未来の話ではないかもしれない。

自然界のカーブはほとんどが黄金スパイラルである
reference: https://greendovermovies.wordpress.com/

cover photo
写真左 ジェイミー・ミッチェルとダニエル・トムソン、ダニエル・トムソン所有写真
写真右上から右スパイラルに シモンズ・ボード http://hydrodynamica.blogspot.jp
自然界に存在する黄金螺旋。黄金螺旋の図。波が作るカーブも黄金螺旋に合致する。
リンゼイロード博士著 ”Naval Architecture of Planing Hulls”
ピーター・メル、マーベリクス photo by Javier (XTR Surfboards

取材協力 シーブサーフショップ、トモサーフボードジャパン、ファイヤーワイヤージャパン

李リョウ

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