PHOTO:© WSL /Jackson Van Kirk

“このイベントは自分の全てだ!” 『US Open』直前!五十嵐カノア インタビュー 

観客動員数ではサーフィンイベントで世界一を誇るカリフォルニア・ハンティントンビーチを舞台とした『Vans US Open of Surfing』

ここで育った五十嵐カノアは2015年に大原洋人が優勝した年と翌年に3位に入り、2017年には念願の初優勝を成し遂げた。

まだ3歳の時に父親に押されて初めてサーフボードに乗ったこの場所で十数年後に頂点に立った気持ちとは?

世界中のコンペティターが憧れるワールドツアーの舞台に立ち、3年目の今シーズンは日本に国籍を移して日本のメディアでも注目度は一層高まっている。

CTではCT第6戦『Corona Open J-Bay』で3位と活躍。
FIFAワールドカップの観戦のために南アフリカからロシアに飛んだ後、7月30日〜8月5日に開催されるQS10,000『Vans US Open of Surfing』出場のためにハンティントンビーチに戻ってきた。
(ロシアからのフライトでは全てのサーフボードが折れてしまうハプニングに遭遇…)

昨年の会場は2010年のブレット・シンプソン以来のローカルの優勝に熱狂に包まれ、インタビューでは「人生最高の日」と話し、いつもはクールな彼が別人のように興奮していた。

そんなカノアにWSLがイベント直前にインタビュー。
彼にとってUS Openがどれだけ重要なのかが伝わってくる内容だ。


PHOTO:© WSL/Morris

■WSL:US Openの戦いにローカルナレッジはどのような形で活かされているの?

自分にとってハンティントンはとてもサーフィンしやすい場所。
ここで戦う時は常に自分側に運があるようにも感じるね。
毎年、ビーチには全ての友人がいて、それが闘志になる。
彼らの方もホームの選手がヒートを勝つと燃えるんだ。

ツアーに参加しているみんなは本当にサーフィンが上手い。
彼らは世界中を旅して波の読み方を知っている。
自分の場合はホームに帰ってきたとい気持ちがそれに加わるのさ。
間違いなく、精神的な部分だよね。
ここにいると全てが上手く行くような気がするんだ。

■WSL:ここ数年連続でセミファイナルに進んでいるけど、何が関係していると思う?

この場所は説明さえも困難なほど自分に多くのことを与えてくれた。
まだ自分一人でサーフィン出来なかった小さな頃、父親がサーフボードを押してくれたり。みんなが起きる前の早朝、混雑を避けて私達は海で練習していたよ。
中学生になるともっと真剣にサーフィンをするようになった。
その頃の目標は誰よりも早く海に入って授業前に出来るだけ多くの波に乗る。
そして、放課後も一番乗りで海に入ることだったのさ。

■WSL:ハンティントンでのサーフィンで最初の頃の思い出は?

ここでサーフィンする時は常に仲の良い友人グループとサーフィンする。
15人くらいかな。
長旅を終えて帰宅した時、彼らとサーフィンしながら近況報告をするのがとても大切なことなんだ。

彼らや714というエリアコード、このハンティントンの誇りになれるようにと考えている。
帰ってきた時は盛大に同窓会をするし、彼らと一緒にいるのが楽しいのさ。
最近は友人の一人が仕事のためにニューヨークに引っ越したり、みんなが違う道に進んでいるけど、私達の心はいつも一緒でこの町にある。

どれだけの時間が経っても関係ない。
彼らと一緒にいる全ての瞬間を大事にしているんだ。

■WSL:このイベントに参加する選手は強豪揃いだけど、最大の脅威は?

ブレット・シンプソンだね。
2009年、2010年に彼が優勝したのを見て育った。
まだ自分が10歳の頃だったよ。

US Openは毎年必ず観戦していたし、アンディ・アイアンズの凄いフローターも覚えている。
カラニ・ロブがVIPパスを私にこっそりくれたり、17歳だったジュリアン・ウィルソン、まだオーストラリアの新入りだった彼が折ったサーフボードを友人と一緒に泳いで取りに行ったことも覚えている。
あのボードはまだガレージに保管してあるよ。

PHOTO:© WSL/Steve Sherman

■WSL:来週から始まるコンテストの計画は?

昨年優勝した時、すでに翌日には来年のことを考えていた。
このイベントが自分にとってどれだけの意味を持つのかを周囲の人が理解しているとは思っていない。

US Openではサーファーがロックスターになれる。
ハンティントンビーチでのこのイベントはそんな素晴らしい舞台なんだ。
ポイントや賞金ではなく、ギャラリーが全てと言えるほど。
それが力なり、モチベーションになる。
更に今はとても良い感じなんだ。
サーフィンの調子が最高で、J-bayも良かったし、絶好調さ。

■WSL:昨年優勝した時は何かお祝いをしたの?

まだ21歳になっていないので…。
(アメリカ・カリフォルニア州では、お酒は21歳から)

恐らく、多くの人の想像とは違うお祝いの場となったと思う。
近所の友人全てと大きな夕食会をした。
それも一日だけでは無く、優勝から6ヶ月後になってもお祝いの席が用意されたほどさ。

優勝した時にジミー・ウィルソン(米サーファーマガジン)によって撮影された友人全てが波打ち際で自分に駆け寄る姿の写真を部屋に飾ってある。
あんな瞬間のために自分は生きているんだなと思うよ。

ハンティントンビーチではブレット・シンプソン以来、ローカルが優勝していなかった。
だから、昨年自分が優勝した後はこの町全体が活性化した。
勝利がこの町を明るくしたような感じさ。

■WSL:イベントまでの計画は?

今は自宅にいる。
この貴重な時間を全て大切にしているよ。

自分のことを誇りに思ってくれている昔からの友人や周囲の人達と一緒に過ごしている。
それはとても気分が良いことなんだ。

全てのバランスをとるため、ハンティントンビーチを代表してベストを尽くす。
ここでは家族やサポートクルーが常に一番大事さ。

参考記事
Kanoa Igarashi on US Open: “This Event Means Everything to Me”

(空海)

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