ボードルームショーはどこが面白かったのか?
『サーフボードシェーピング』をアトラクションとしたコアなトレードショーに接し、サーファーとサーフボードの密な関係を再考してみた。
シリーズ「サーフィン新世紀」15
キーワードは『マジックボード』
「なぜサーフボードのシェープに興味があるのか?」と思う人がいるかもしれない。「だって21世紀だよ『手作りのサーフボード』ってナンセンスじゃないか?」
サーフボードを作るなら科学的な流体力学に基づいて最新テクノロジーを駆使し、コンピューター制御のミリングマシンか3Dプリンターがあれば、手作りなんかよりも最先端のサーフボードが作れるのでは、と誰もが思っても不思議ではない。
しかしコンピューターにはサーフボードは作れない。いや「サーフボードのようなもの」は作れる。パドルしてテイクオフ、波のフェイスを滑るだけならば、コストコに売っている鯛焼きのようなサーフボードでも楽しめるだろう。週末のストレス解消にはもってこいだ。
だけどコアなサーファーにとって(コアとはレベルに関わらず上手くなりたいと思っている人すべてを指す)、サーフィンはそれほど単純ではない。もう一度言わせてもらうけど、サーフィンって簡単なようで実はゴールが遠い。それを言い換えれば「シンプルなものほど奥が深い」ということ。その底なしのような奥の深さにハマるサーファーは数知れず。「サーフィンをもっとシンプルに考えよう」とプロサーファーに提唱するトレーナーもいるくらいだ。
さて、そんな前置きからサーフボードのシェープについて話をしよう。サーフィンの世界に『マジックボード』という言葉があるのは知っているだろうか。それはまるで自分の手足のように反応してくれるサーフボードのことだ。テイクオフは早く、スタンスは必ず決まり、ターンは自由自在。小波だろうとオンショアでバンピーだろうと、どんな波でもそのマジックがあればファンウェーブに思えてくる。
キャリアを積んだサーファーならば、誰もがそんなマジックに出会ったことが必ずあるはず。筆者にもそのマジックとの出会いがこれまでに何度かあった。マジックボードは、サーファーの人生を変える力がある。すべてがイメージとおりにメイクできるサーフボードに出会うことって本当にある。
「マジックボード!?何それ?」と吹き出す人がいるかもしれない。でもね、このボードルームショーでも上映された「スタブインザダーク」で、元世界チャンプのミック・ファニングが、マジックボードについてこう語っている。「立った瞬間に分かったんだ。『これだ!』ってね。」
彼が世界タイトルを獲れたのは、そのマジックボードおかげだと映画のなかで明言している。そう、世界チャンピオンでさえマジックボードの存在を認めているのだ。そのマジックボードを作ることができるのが、サーフボードシェーパーと呼ばれる人たちの両手だ。
「ハンドシェープ!?」それってサーファーのロマンチックなこだわりに過ぎないのではと思うかもしれない。でも世界チャンプを決めるCT(チャンピオンシップツアー)の選手たちトップ32人全員が、ハンドシェープのサーフボードに乗っている事実をどう考えたら良いだろうか?彼らはロマンチストでは無い、勝てるサーフボードならば金をいくら払ってでもそれを手にいれる極めて現実主義のプロフェッショナルだ。
コンペティターにとってシェーパーは重要な存在だ。彼らは常にシェーパーとコミニュケーションを取りあって細かいチューニングを施している。つまりサーファーが感じる繊細なニュアンスを理解しシェープに反映する作業はコンピューターには不可能だ。ラフカットまでならば蓄積されたデータを基にシェープマシンで削ることは可能だが、最終的な調整にはシェーパーの素手によるセンシティブな仕上げが必要となる。マジックと成るか否かはそこが核心だ。それはコンマ数ミリの微調整という気の遠くなるような世界。
さて、シェープに使われる材料はブランクスという素材。成分はポリエステルで、熱処理によってパンケーキのように膨らませると硬いスポンジのようになる。それを二つに割り中心に木製のストリンガーを挟んで反りをつけて接着剤でサンドイッチするとブランクスが完成。シェーパーはさまざまな規格のブランクスからイメージに近いものを選びシェープルームでシェープするというわけだ。
シェープの方法には基本があってないようなもの。それぞれが独自のやり方を模索して身につけていく。ある者は先輩シェーパーから教えられ、またあるものは独学で、かつ試行錯誤で技術を身につける。それは、窓の無いシェープルームでシェーパーが一人で育んできたもの、つまり誰も見たことのない技術がそこにあるということだ。
そのシェープのための中心的な役割を担うのがプレーナーと呼ばれる電気カンナだ。しかしこのプレーナーは技術の習得が難しい。なぜならば電気カンナは面を平らにするのが目的の道具。しかしサーフボードの形は曲線で構成されている。つまりシェーパーは平らにするための道具で曲線を削っているということだ。例えばシェーピングコンテストに出場した植田義則氏が披露したプレーナーの技術は、審査員の外国人シェーパーたちも唸らせた。聞くところによると植田氏はサーフボードの曲線をプレーナーで1mm単位で薄く削ぐことができるとういう。
さて、前置きはこのくらいにしてボードルームショーで行われたシェーピングコンテストについて話そう。3人のシェーパーが技術を競いあうというこのコンテスト。その方法はある一本の完成されたサーフボードのレプリカをシェープするという競技だ。今回は五十嵐カノアが使っていたサーフボードをコピーするのがお題目となった。
なぜこのような競技になったのか私が考えた理由はおそらく以下のとおり。
- サーフボードをコピーするという作業は、シェーパーの技術を測るうえで最も有効な方法と昔から言われている。
- 審査の基準が採寸になるために、審査員も競技者も納得のいく評価結果となる。
- 2,に準ずるが審査員の抽象的な美的解釈でジャッジされない。
このコンテストに出場した3人の日本人シェーパーのなかで優勝したのは徳田昌久氏だった。一番若く、経験も他の二人に比べれば浅いシェーパーが優勝したといううことで、発表されたときには会場にどよめきが走った。もちろん本人も驚いただろう。審査員たちの計測の結果、もっともカノアのボードに近かったのが徳田のサーフボードだったということで、誰もが納得のいくジャッジだといえる。徳田氏には心からお祝いを申し上げたい。彼の日頃の研鑽が実ったことは間違いない。
しかし、だからと言ってジェリー・ロペスやディック・ブルーワーから薫陶(くんとう)を受けている植田義則氏や小川昌男氏の技術が劣っているということでは全くないとここで明言しておきたい。サーフボードは波の上で真価を発揮するものであり、レプリカの精度でその優劣は決まらない。それは彼らのサーフボードを支持する多くのサーファーたちが証明しているし、3本のサーフボードが波の上でどう反応するかは、また別の次元での話となるからだ。
秘中の秘であるシェーピングテクニックをこのボードルームショーで公に公開した3人には深い敬意と拍手を送りたい。90分という時間内で、かつギャラリーが取り囲むガラス張りのシェープルームで集中しサーフボードを完成させるというプロセスがいかに卓越した技術であるか、察するに余りある。
数多くのマジックボードを生み出してきた彼らの両手。そして、シェーパーだけでなくサーフボードを作り続けるファクトリーのスタッフたち。どんなに科学が進歩しようとも、サーファーは新たなマジックボードとの出会いを心待ちにして、ハンドシェープのサーフボードに乗り続ける。それがサーフィンの本当の面白さなのだから。
さて、つぎはどんなサーフボードを注文しようか。
(李リョウ)