5月25日、米ミネアポリスで白人警察官に首を膝で押さえて殺害された黒人ジョージ・フロイド氏の事件をきっかけに、根強い人種差別に抗議するデモが全米に広がってから2週間余り。フロイド氏の葬儀にビデオメッセージを送った次期民主党大統領候補ジョー・バイデン氏がCBSの取材に対し「この出来事は公民権、市民の自由において、アメリカの歴史の中での大きな変曲点だ。」と述べた。
幅広い組織改革への期待が高まる中、カリフォルニアでは6月6日にロサンゼルス初の黒人サーファー、ニック・ガバルドン氏の記念日を迎えた。有色人種サーファーの道を切り拓き、今もなおサーフィン界に影響を与え続けるニックのレガシーを紹介しよう。
唯一黒人が使うことを許されていた「インクウェルビーチ」
ニック・ガバルドンは1927年ロサンゼルスに黒人の母とラテン系の父のもとに生まれた。10代の夏は、家族でよく「インクウェルビーチ」を訪れた。この頃はまだ州法で白人とその他の有色人種の隔離政策が強力に施行されており、サンタモニカにある幅200メートルほどの海岸は、ロサンゼルス近辺で唯一黒人が集まっても嫌がらせを受けずに使えたビーチだ。
自由を求めて海に入ったニックはボディーサーフィンにはまり、それを見ていたライフガードが古いサーフボードを貸し、ニックにサーフィンの基本を教えた。
マリブの波を求めて往復40キロのパドル
当時はインクウェルから12マイル(約20キロ)離れたマリブがサーフィンのメッカだった。1940年代後半、車を持たないニックはその波を求めて、サーフボードに乗ってインクウェルからパドルでマリブに渡って終日波乗りをし、夕方にはまた12マイル漕いでサンタモニカに戻ったそうだ。
当時、黒人がサーフィンをしているのを誰も見たことがなかったが、マリブのサーファーはニックのやる気と勇気を認め、仲間として受け入れたという。しかし、1951年6月、南うねりが炸裂するなかマリブの桟橋の下をすり抜けようとしたところ24歳の若さで命を落としてしまった。
2012年にスポーツ用品大手NIKEがニックについてのミニドキュメンタリー『12 Miles North』を制作し、忘れられかけていたストーリーをよみがえらせた。当時ニックと一緒にマリブでサーフィンしていたレジェンドサーファーの他、彼からインスピレーションを得たNIKEのアスリートも登場。
その中でアメリカの五輪競泳代表カレン・ジョーンズ氏が数少ないアフリカ系の競泳選手としての経験を語っているが、そこからはアメリカにおける人種差別の根強さを垣間見ることができる。
「自分の親や祖父母はプール等に入ることは許されなかった時代を生きてきた。自分も水泳チームに入りたてだった頃もいろいろ言われた。’君、バスケやってた方がいいんじゃないの?’とかね。」
有色人種サーファーにとってのヒーロー
WSLでソーシャルメディアコーディネーターを務めるモニカ・メデリン氏もWSLの記事の中で今もなお受け継がれるニックの功績について語った。ルーツをメキシコに持つメデリン氏は多民族が融合するロスでは目立たない存在だが、大好きなサーフィンをしているとやはりアフリカ系やメキシコ系のサーファーはあまり見かけないことに違和感を感じたという。
「10代の時にニック・ガバルドンのことを知り、彼のストーリーが心に響いた。彼はただのサーファーではなく、後世の有色人種サーファーが自信をもってサーファーとしてのアイデンティティが持てるよう道を切り開いたヒーローだ。」
ニック・ガバルドンの死から70年が経ち、ようやくアメリカのサーフポイントにもアフリカ系やラテン系の顔が増えてきている。そして2018年、南アフリカのマイケル・フェブラリーが史上初の黒人としてCT入りし、そのスタイルと実力で世界を魅了しただけでなく、世界中のマイノリティーのサーファーをインスパイアし勇気づけたに違いない。
海にとってみれば肌の色は関係ない
12 Miles Northの中でレジェンドサーファー/スケーターのクレイグ・ステシックが言ったように、「お金持ちも貧乏も、イケメンも有名人も、海にとってみれば関係ない。海で生き残って、楽しめる者はみんな受け入れられる。」
まだまだ白人がマジョリティを占めるサーフィン業界だが、それでも世界選手権に参加する国は年々増え、昨年は50か国が参加。オリンピックの出場選考でも大陸ごとに出場枠が確保されるなど、サーフィンは国境・大陸・人種を超えて広まっている。
海で違う国や人種の人に出会ったとき、自分は相手のことを「自分とは違う人」だと壁を作るのか、「”the feeling”が分かち合える人」と仲良くなるのか。人種差別と聞くとどこか対岸の火事のように聞こえてしまうが、そんな身近なことの積み重ねが、差別を真の自由に向かわせるためのスモールステップなのかもしれない。海ではみんな平等。陸でもみんな平等だ。
ケン・ロウズ