北半球が秋から冬に移り、ビッグウェーブシーズンの到来を告ぐ巨大スウェルがすでにナザレやジョーズにヒットしている。ビッグウェーブの世界は年々目覚ましい発展を遂げており、マヤ・ガベイラがギネス記録を更新したことも記憶に新しい。
一方で、この急速なビッグウェーブの発展に、安全管理が追い付いていないと危惧している人たちがいる。「以前は限界に挑戦することばかりを考え安全を重視していなかった」と語るのはウォーターセーフティーの講習会を世界各地で行うコール・クリステンセン。ビッグウェーブの発展を支える安全管理の歴史と進展を記録した動画『Connected by Water』がPatagoniaからリリースされ、そこで培った知識と技術が有料オンライン講習で一般サーファーにも受講できるようになる。
サーフィンはどんな時も多少の危険が伴うスポーツで、サーファーであればフィンカットや打撲などを経験したことはあるだろう。しかし、波が大きくなればなるほどその危険が格段に増し、時には命とりになることもある。
1990年代にはマーク・フーやトッド・チェッサーと言った有名なサーファーが命を落とし、きずなが強いビッグウェーブ界に衝撃が走った。パドルやトーインでビッグウェーブに挑戦する人が増えるにつれて安全管理への意識が少しずつ広まった。ホールドダウンに備えた呼吸トレーニングや新しく開発されたフローテーション・ベストも普及してきたが、あくまでも個人ベースの対応だった。「当時は頼るものは自分だけだった。何かあったら、誰かが助けに来てくれると思ってもいなかった」とハワイのアーロン・ゴールドが振り返る。
大きく意識が変わったのは2011年のことだった。ハワイのビッグウェーバー、サイオン・ミロスキーがカリフォルニア・マーヴェリックスで巨大なセットが何度も押し寄せる中で苦しみながら亡くなった。
「ビッグウェーブの第一人者であるサイオンは、フローテーションベストも着て、周りに人もいたのに、何故命を落とさなければいけなかったのか。彼の死が安全管理をこれ以上無視できないと気付かせてくれたんだ。」
ダニーロ・コート
サイオンの死が大きなきっかけとなり、ビッグウェーバーのコール・クリステンセンとダニーロ・コートがベテランの救急救命ナースを呼んで、コールのガレージで心肺蘇生の講習を行った。翌年にはタートル・ベイで講習会を開き、2014年には「ブラッグ(BWRAG: Big Wave Risk Assessment Group)」を正式に組織した。講習の内容はビッグウェーブに限らず、それぞれの限界に挑戦しているすべてのレベルのサーファーに対応していて、ベテランライフガードのブライアン・ケアウラナなど、それぞれの分野の専門家を講師に世界各地で講習会を展開した。
ビッグウェーブでの危険を少しでも減らすために作ったコースだが、実際のところサーフィンの多くの怪我は波がそんなに大きくない時に起こるのだ。新型コロナウイルスの影響で2020年の講習会が中止になったことを機に、BWRAGのコースがオンラインに移り、2021年の1月より世界中の一般サーファーにも受講できるようになった。
Surf Responder オンラインコースは今のところ英語のみ(スペイン語とポルトガル語の字幕付き)。8ユニット(①リスクマネージメント、②心肺蘇生・AED、③応急処置(止血・骨折・脱臼・頸椎の怪我)、④呼吸法とエナジー・マネージメント、⑤サーフポイントの分析、⑥危険軽減のための事前準備、⑦安全機材、⑧海上レスキュー方法)で構成されているコースはビデオで視聴し、講師と質疑応答の機会もある。コースの価格は225米ドル、先着50名の申し込みが割引価格175ドルで受講可。いずれはユニットごとに受講できるようになる予定だ。
BWRAGの講師でもあるグレッグ・ロングも、2012年にカリフォルニア沖のコルテス・バンクでの溺死寸前のワイプアウトや2016年にアーロン・ゴールドがフィジーワイプアウトした時も、この講習を受けた仲間がその場で対応できたおかげで命が助かった。
「サーフィン社会全体の意識を変えようとしている。サーファーは大陸によって分断されているのではなく、海でつながっているのだ。みんな海の民なんだ」
ブライアン・ケアウラナ
BWRAGのインストラクターで数多くの水難事故に対応した経験があるジョン・フーバーが言うには、「緊急事態が起きたとき、何もできない“無力感”ほどむなしいことはない」
海に囲まれた日本にこそ、海で安全に遊び、いざというときには命を救う技術を身に着けたいものだ。
ケン・ロウズ