コロナ不況が続く中でサーフィン雑誌に新たな動きが見えてきた。オーストラリアで最も歴史が長いサーフィン専門誌『Surfing World』と人気サーフカルチャー誌『Tracks』が売却され、個人経営に戻った。日本国内でもサーフィンやアウトドア雑誌の経営母体が変わる動きが続いている。
コロナ禍は長年続いている出版不況に追い打ちをかけたが、その一方でアウトドア人気に火をつけた側面もある。このタイミングでの合併や買収にはどんな狙いがあるのだろうか。
『Surfing World』存続の危機
オーストラリア初のサーフィン専門紙として1962年に第1号を発表した『Surfing World』は、昨年末オーストラリアのサーフィン予報会社Coastalwatchから売却されることが明らかになった。
最終的には元『Tracks』や米『Surfer』誌の編集を務めてきたベテランサーフィンジャーナリストのショーン・ドハーティと写真家のジョン・フランクが経営を引き継ぐことになった。
オーストラリアを代表するサーフメディアで働いてきた経験がある2人は、年4回の雑誌の発行を予定していて、ページ数を増やし、写真・文章共に内容を充実させていく予定。買収の背景についてドハーティ氏がStabmagに語った内容を一部抜粋して紹介する。
クレイジーになってしまった現実世界では、サーフィンはバランスをとる大事な役目を果たしている
編集長として、Surfing Worldが沈没するのは見るに耐えなくて、何としても絶やしてはいけないという使命感が強かった。もしそのままSurfing Worldがつぶれて行ったら、僕は毎晩呪われるだろうな、と。
ただ、それだけではなくて、ピンチはチャンスでもある。コロナでいろいろ大変なこともあるけれど、サーフィンに関して言えばみんな夢中になっていて、サーフボードもバカ売れしている。多くの人にとってサーフィンは今まで以上に重要な存在であって、Surfing Worldを続けることに意義があると思う。サーフィンもそうだけれど、世の中の情勢も大事。社会問題や環境問題にも着目し、今活躍している若い世代の声を届けたい。
内容をプレミアムに
先輩にもらったアドバイスは、“意味のある美しい物を作れ”。デジタルコンテンツが増えているなかで、質の高い雑誌を優先し、その中の一部のコンテンツをオンラインに移行することを考えている手軽に使えるからと言って、どうでもいいコンテンツをアップするつもりはない。映像にも力をいれて、大きなプロジェクトにも手掛けたい。
海外の読者へは、いずれはオンライン購読も考えている。サーフィン業界の資金源は枯渇しているので、読者がサポートしない限り雑誌がもっと消えていくだろう。インスタで十分と言う人はそれでもいいのかもしれないが、ディープな内容が欲しい人は、そのためには少しぐらいはお金を投資しなきゃ!
『Tracks』誌も個人経営へ
オーストラリアのサーフ・カルチャーを代表する『Tracks』誌も、今年に入って同国の主要出版メディア会社であるNext Mediaから売却され、サーファー5人の個人経営に戻った。
1970に始まった『Tracks』はカウンターカルチャーとしてのサーフィン文化を前面に押し出し、社会問題にも正面から取り組む内容で人気が広まった。50周年を目前に存続の危機にあい、編集長のルーク・ケネディと4人の仲間が集まり、2月に買収に踏み切った。以下ガーディアン誌のインタビューを抜粋。
歴史を引き継ぐ責任、「食っていけるぐらいには回したい」
Tracksがオーストラリアのサーフィン文化には欠かせない役割を果たしてきた。この素晴らしい歴史を将来に引き継ぐ責任は重い。新生Tacksは年6回発行予定。この時代に雑誌を発行することはリスクが伴い、決して利益目的にはできない。これは「愛の労働」ではあるが、食っていけるぐらいには回したいし、いろいろ挑戦したいことがある。
設立当時オーストラリアの雑誌は全部海外で印刷されていたため、お店に並ぶころにはすでに時代遅れだった。自分たちで発行して、タイムリーな話題や、環境系の話題も訴えながら、微々たる資金でTracksを立ち上げた。今は周りに回って、そのルーツに戻った感じだ。
女性サーファーをもっと取り上げる
初期の段階から海洋汚染や砂の採掘など、サーファーだからこそ気づく問題を取り上げた。しかし、他のサーフィン雑誌同様、筒抜けだったのが女性の見せ方。活躍していた女性サーファーはほとんどフィーチャーされず、雑誌に映っていたのはほとんどビキニ姿のモデルだけ。その過ちを認め、今の編集者はよりオープンでインクルーシブな内容を目指して、女性サーファーも積極的に取り上げたいと話している。
国内でも売却・合併
「NALU」、「BLADES」、「SurfStyle」、「SurfTrip JOURNAL」などを発刊している枻出版社は負債総額57億8800万円を報告し、今年2月に民事再生法の適用が受理された。
それに先立ち、サーフィン関連の出版事業については、昨年の12月に投資会社のドリームインキュベータに譲渡を決定済み。今年2月からドリームインキュベータ100%出資の新設会社「ピークス株式会社」で、サーフィン誌や、アウトドア誌、ゴルフ誌、釣り誌、自転車誌等々の出版事業が引き継がれている。
また、「Blue」や「HONEY」などを発刊していたネコ・パブリッシングも、今年2月にカルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社(CCC)傘下のカルチュア・エンタテインメント株式会社に吸収合併された。定期刊行物の発行や「ネコ・パブリッシング」事業のブランド名は残しつつ、コンテンツのメディアミックスやDXを促進していくという。
2010年頃からナイキやターゲット、レッドブルなどサーフィン以外の大手ブランドがサーフィン業界に参入し、巨額のお金が流れ込むようになった。2011年にはニューヨークで史上最高額となる賞金総額100万ドルのチャンピオンシップツアー大会が開かれ、サーフィンのブームが確実なものとなったが、それは10年足らずで崩壊。コロナ禍が拍車をかけて多くの大手ブランドの撤退や売却、解雇、雑誌の廃刊などが余儀なくされた。
そんな中で、コアなブランドはビッグマネーがなくても生き残る方法を見つけて、雑誌も同様に変化をして対応をしてきている。特に、鼻から海水を垂らしながら作られるようになった今回の豪2誌のルーツに戻るような動きは、サーフィン歴史の新たな時代を告げている気がする。
ケン・ロウズ