「“サーフィンだけで食えなきゃプロじゃねぇー”ってよく言われてきたが、今の自分のスポンサー契約と賞金だけの収入で生活するのはかなり厳しい」
2021年JPSAのグランドチャンピオンに輝いた西慶司郎が、今年1月、自身のSNSに投稿した内容が業界に波紋を呼んだ。東京オリンピックに続き、2024年パリオリンピックにも種目採用され、世間での認知度も格段に上がったサーフィン。しかし、プロサーファーが資金繰りに悩む状況は依然として変わらない。THE SURF NEWSではこの投稿を受け、彼に直接インタビューを敢行。プロの置かれている現状と、投稿の真意について赤裸々に語ってもらった。
■西慶司郎 プロフィール
西 慶司郎(にし・けいじろう)
1998年9月3日生まれ。大阪府出身のプロサーファー。プロ転向を機に拠点を千葉に移し、国内外のコンテストで活動。昨年、日本プロサーフィン連盟(JPSA)でグランドチャンピオンの座に輝いた。
Instagram @keijironishi2
栄光の裏には、アルバイトの日々
1月20日、西慶司郎は自身のInstagramに”プロサーファーの現状”と題して、以下の内容を投稿した。
“プロサーファーの現状”
.
「サーフィンだけで食えなきゃプロじゃねぇー」
ってよく言われてきたが、今の自分のスポンサー契約と賞金だけの収入で生活するのはかなり厳しい。
こんな事を言うと夢も価値も無くなるだろうし、今頑張っている未来のプロサーファー達にもガッカリされると思うけど、今のプロサーファーの姿を多くの方に知って貰いたいと思います。
.
2021年グランドチャンピオン獲得の裏では、
平日の昼と夜は飲食店でバイト
週末はサーフィンスクール
としていました。今も変わらず継続中です。
自分が選手を続けるには、練習時間を削りながら、プロとしての結果やキャリアを更新し続けなければなりません。
同じような生活、苦労を抱えている選手は日本全国に居て、身近にもたくさん居る。
そんな中でも、夢を追いかけて、目標に突っ走っているのが今の時代を生きるプロサーファーの姿だと思う。
今の日本には、このまま捨て置くにはあまりにも勿体無い才能や逸材が埋まってしまっている事実。もっと輝けるサーファーはいっぱいいる。
.
こういった選手の内情は今まで誰も発信する事は無かった、だから、今、このタイミングで自分が発信する事に意味がある。
いつまでも周りに任せっぱなしだった所を、競技に打ち込む選手自身で伝え動く事で選手人生を良くし、次世代がこの座に着いた時、今よりもいいサーフィン人生を歩めるよう少しで多くの方々に現状を知って貰いたかったからです。
サーフィンしかして来なかったので、大人の社会の事は何も分かりませんが、何かきっかけがあれば変わると思ってます。
プロサーファーにとって皆様のサポートで人生が変わるのは間違いないし、
ドン底を知ってるからこそ這い上がる強さと気持ちは皆んな持ってる‼︎
是非プロサーファーのサポートをお願い致します。
グラチャンが抱いた使命感「プロサーファーの現状を変えるきっかけに」
まずは昨年のグランドチャンピオン獲得、おめでとうございます。
西慶司郎(以下 西):ありがとうございます。年間王者の獲得はずっと僕の夢だったので、とれてうれしいです。
今年1月の投稿は業界でもいろいろと波紋を呼びました。どんな思いで投稿されたのでしょうか。
西:ただシンプルに、僕たちプロサーファーの置かれている現状をみなさんに知ってもらいたかったんです。「グラチャン獲得で注目が集まっているうちに、何かしなきゃ」という使命感というか、焦りというか。
では西さんの現状を教えてください。正直なところ大会賞金やスポンサー契約料などの収入はどのくらいあったのでしょうか。
西:今年はグラチャンを獲得したので、220万円の大会賞金を頂けました。でも、それ以前はゼロに近かったですね。スポンサー契約料は公表できないのですが、遠征費などを考えると赤字です。足りない分のお金は、飲食店のアルバイトやサーフィンやトレーニングのレッスンの収入で賄って生活していました。
アルバイトやレッスンはどのくらいされていますか?
西:飲食店のアルバイトは週3日、働いているのはだいたい昼〜夜の時間帯です。サーフレッスンは週2日、トレーニングレッスンは週3日程度です。
サーフィンの練習時間は、早朝や夕方の時間を調整して、何とか捻出しています。日本のプロサーファーはみんな似たような境遇だと思います。
どの選手も同じような環境とはいえ、競技だけに打ち込めないのは辛いことですね。
西:はい。ジレンマですね。資金面でいうと、アルバイトなどの副業収入で稼げるのは100万円程度。賞金がほとんどない年は、それで国内ツアーを何とか周っていました。
でも、WQS(ワールド・クオリファイング・シリーズ)やCS(チャレンジャー・シリーズ)のために海外遠征するとなると、アルバイトとスポンサーフィーだけで生計を立てるのはトップ選手でもかなり難しいと思います。
グラチャン獲得後、生活に変化はありましたか?
西:正直に言うとそんなに変わっていないですね。確実に箔は付いたし、それ相応の賞金もいただきましたが、生活に劇的な変化があったかと聞かれると……。
昨年いただいた賞金は今後の海外遠征のための貯蓄に回していますし、アルバイトも変わらず続けていく予定です。サーフィン以外の活動も人生のいい経験になりますし、その機会を与えていただけることには感謝していますが、本業のプロ活動に専念したいのも本音ですね。
周りに任せきりにするのではなく、自ら現状を変える努力を
1月にSNS投稿をされた理由はありますか?
西:1〜3月はプロがスポンサーと契約の話をするタイミングなので、アスリートと企業、両方から投稿を見てもらえるチャンスかなと思って。
キラキラした投稿がタイムラインの大半を占めるなか、突然例の投稿が出てきたのでビックリしてしまいました。とても考えさせられる内容でしたが。
西:ごめんなさい(笑)。でも実は、そういう反応を期待していたところもあって。少しでも多くの人にプロサーファーの現状を知ってもらうには、ありのままを投稿するのが一番だと思ったんです。時間とお金のなさという「弱点」をさらけ出して、たとえそれでガッカリされたとしても、この流れを変えられるならと。
投稿後、周囲からの反応はいかがでしたか?
西:励ましのコメントやメッセージをたくさんいただきました。なかには「そんな現状があるとは知らなかった、勉強になった」という言葉もあって、勇気を出して投稿してよかったなと。
今後、選手として何か行動を起こしていく予定はありますか?
西:もともと「現状を知ってもらいたい」という思いだけで投稿したので、具体的な計画やアイデアは持っていなくて……。ただ、スポーツ業界でのお金の流れや、プロスポーツの盛り上げ方など、勉強したいことは山ほどあるので、これからそういった知識をインプットして視野を広げてゆきたいです。
投稿には「いつまでも周りに任せっぱなしだった所」とありましたが、詳しく聞かせてください。
西:昨年、大会メインスポンサーの代表の方にお話を聞く機会があって。大会を運営する組織の方も、それをサポートする企業の方も、日本のプロサーフィンをどう活性化させるか、どう選手をバックアップしていくか、そういうことにずっと頭を悩ませていたんです。
それを目の当たりにしたことで「自分もプロ選手としてサポートしてくれる人たちに応えたい」と思うようになって、そんな書き方になりました。
投稿には、続いて「是非プロサーファーのサポートをお願い致します」ともありましたが、どのようなサポートを望んでいますか?
西:金銭面でのサポートも必要ですが、今一番必要なのは、学ぶ場所を整えることです。
学校の課外授業でサーフィンを取り入れてもらうのはどうかなと。プロサーファー数人が、小学生や中学生に波乗りを教えることで、自然のことやプロサーファーという職業について知ってもらう教育プログラムです。
そこに企業はどう関わっていけそうですか?
西:タイアップしていただいて、CMを作ったり広告を出したり、という関わり方でしょうか。環境問題などにも絡められると思うので、多くの人に見てもらえると思うのですが……。
そういうシチュエーションで、サッカーやテニスのプレイヤーが出演されているCMを目にしたことがあります。オリンピックの影響で、競技サーフィンやサーファーにこれだけ注目が集まっている今なら実現できるのではないでしょうか。
最後に、読者の方にメッセージをお願いします。
西:投稿にも書きましたが、僕と同じような生活をして、同じような苦労をしている選手が日本全国にいます。現状を変えるために、この投稿が企業やアスリートの行動を促すきっかけになればうれしいです。どん底から這い上がる力を、僕らはみんな持っている。そう信じています!
Interview by 佐藤稜馬
日本からより多くの才能あるサーファーが世界に羽ばたけるよう、アスリート達が金銭の心配なく、練習に専念できる環境を作るために、業界や選手自身は何が出来るのか。企業にスポンサーをしてほしい、賞金を上げてほしいとただ訴えるだけでは、現状はなかなか変わらないだろう。
しかし、まずはこうして選手が置かれている状況を伝えることが、企業がサーフィンやサーファーに興味を持ち、大会運営者や選手はスポンサーにどのようにギブバックできるのかを考えるきっかけとなるのかもしれない。
2022年のコンペシーズンも遂にスタート。西慶司郎は、アジアオープンとJPSA第1戦でQF進出、ジャパンオープンではSF進出と好調な滑り出しだ。今シーズン、選手達の活躍はもちろん、どのように選手をサポートできるのか、どのようにスポンサーに価値を出せるのか、そのような視点も含めてプロサーファー達の活動をウォッチしてみるのはどうだろうか。
(THE SURF NEWS編集部)