鹿児島県・奄美大島に移住後、海のそばでサーフィンライフを楽しむ村崎タイスさん。津々浦々を飛び回るアパレル販売員だった彼女は現在、勤め先で衣料品ブランド「MOZK」を立ち上げ、全国展開させている。そんな彼女が、島移住で見つけた「シンプルな生き方」とは。
生きづらさから解放されたくて、南国の島へ
「東洋のガラパゴス」と呼ばれる奄美大島。東京から約1,200キロ離れたこの島に、2019年、村崎タイスさんは移住した。
今は島の繊維メーカーに勤めながら、悠々自適にサーフィンライフを楽しむ彼女。しかし当初は、奄美に暮らすつもりはなかったのだという。
「幼なじみのお姉さんが奄美に住んでいたので、すこし遊びに行ってみようかと思ったんです。1ヶ月で帰るはずが、日を重ねるうちに居心地がよくなってしまって」
タイスさんが島民であることを自覚したのは、ごく最近のこと。旅からそのまま移住にフェードインするという珍しいパターンだ。「これが移住か〜って。当時は何も考えてなかったんです」と白い歯を見せるが、今では小麦色に焼けた肌が、すっかり奄美の景色になじんでいる。
それにしても、奄美語なまりの素朴な彼女が、以前はバリバリのキャリアウーマンだったなんて信じられない。その頃はいったいどんな生活をしていたのだろう?
「百貨店で5年間、アパレルブランドの販売員をしていました。地元の富山を拠点に、月の半分は東京にいたり、大阪や名古屋に数ヶ月出張したり、都市部を駆け回っていたんです。ファッションへの興味から業界入りしたこともあって、毎日充実していました」
ではなぜ奄美大島に? 聞くと、「ちょっと疲れちゃって」という答えが返ってきた。
「毎日予定を詰め込んで、いいバッグや服を買うために働いていました。働いたら遊んで、遊んだら働いて……今思うと目が回るような生活。それが一種のステータスみたいなところがあったんです」
しかし隙間なく埋まったスケジュール帳とは反対に、心はどんどんとすさんでいった。そしてしだいに息がしづらくなった。見えない風船に、顔を押さえつけられたようだった。
「『人生を楽しまなきゃ』が『楽しそうに見せなきゃ』っていう義務感のようなものに変わったときに、周りの目と、それを気にする自分がイヤになったんです」
これって本当に望んだ生活だった? 自問自答したタイスさんは、ある日思い立つ。会社を辞め、心の声に導かれるまま旅に出ることにした。自暴自棄になったわけではない。“充電”が目的の旅だった。
「長めの夏休みをとったつもりでした。前の職場では長期休暇をとることが難しかったので。1年休憩してリフレッシュしたら、またキリキリ働こうと考えてました」
人生初の島移住で「生き方がシンプルになった」
ところが移住後の生活で、タイスさんはすこしずつ変わっていった。
「まず気づいたのは寝覚めがよくなったこと。朝が気持ちいいんです。日の光と鳥の声で1日のスタートを切ったら、出勤前に海へ入ります。7’4″のミッドレングスで海の上にプカプカ浮いて、いい波に乗れたらラッキー。乗れなくても、まぁいいかなって感じ」
タイスさん曰く、奄美にきて一番の変化は「欲が小さくなった」ことなのだとか。いい服、いい靴、いいバッグ……。モノにあふれた生活が、奄美にきてガラッと質素に変わった。
「生き方がシンプルになりました。以前はブランド物も大好きだったのですが、今はそんなに欲しいと思いません。予定もそんなに入れないし、何もしない時間が増えたかな」
余白ができたことで、食事の支度や洗濯、掃除に時間をかけられるようになり、おのずとメンタルも安定した。それは何でもない日常の一コマだったが、忙しさで疲弊したタイスさんには、その幸せが痛いほど沁みた。
「夕飯を作っていると西日が窓から入ってきて、とてもきれいだったんです。最近はそうした瞬間をキャッチできるようになりました。以前の私だったら見落としてたかもしれません」
かといって、全てをゼロに戻したわけではない。タイスさんは移住後、島内の繊維メーカー・アマミファッション研究所(とてもファンシーな響き!)に入社。衣料品ブランド「MOZK」を立ち上げた。以来、奄美大島伝統の染色技法である“泥染め”や“草木染め”を施した服やサーフグッズをオンラインで販売している。
「今は奄美大島で、アパレルやサーフィンの経験を生かした仕事をしています。それがとても楽しくてやりがいがあるんです」とタイスさん。
「移住しても、地方だと仕事を見つけるのが大変だとよく聞きます。それは確かにそうなんですが、もっと地元の人たちと交流してみたり、その人たちの視点で物事を考えてみたら、拓けることがあるんじゃないかなって思います」
東京と奄美大島。シティとシーサイド。2つの景色を目の当たりにしたタイスさんだからこそ、分かったことがある。
「私はよく『笑顔がステキで誰とでも仲よくなれる人だね』と言われることが多いのですが、実際のところ、グイグイと前に出るようなタイプではないんです」
「でも島のローカルの方々がそんな私をしっかり見ててくださっていて。『こっちおいでよ!』と言ってくれたおかげで今の私があるというか」
だから皆さんには本当に感謝です、とタイスさんは笑顔を見せた。
本当の幸せとは何か。それは技術が発達した今でも数値にすることは難しい。だがタイスさんを見ていると、正解とは言わないまでも、何かしらのヒントを発見できそうな気がした。
「人生にも波があるけど、それ含めて幸せです。ところで私、ずっとおばあちゃんみたいなこと言ってますね」。そう言って笑う彼女の顔は、とても輝いて見えた。
PROFILE
1991年ブラジル生まれ、富山県育ち。2019年に奄美大島に移住。繊維メーカーのアマミファッション研究所に入社後、2021年に「MOZK」をローンチ。奄美大島の伝統染色技法“泥染め”と“草木染め”を使った衣料品を展開している。
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Photo:nana.
(Ryoma Sato)