現地時間7月29日、パリ五輪のサーフィン競技は歴史的な1日になった。
ベスト16によるR3がスタンバイしていた大会3日目。
予報によると高い確率で風が悪化してオフになるとされていたが、6時15分(日本時間1時15分)でクリーンなコンディションが確認され、試合はオンとコールされた。
実はこの時点でそれほどウネリは上がっていなく、試合が始まる間に急激に西南西ウネリが強まってきた。
そして、ヒートが始まる頃にウェストボウルと呼ばれるリアルなチョープーが姿を現したのだ。
この予想外の変化に前半のヒートで戦う選手などは急遽サーフボードの変更を行なったそうだ。
「波が急激に変わるのを見て興奮したね。エネルギーが30分くらいで急激に変わったんだ。6’1や6’2のボードを準備していたのに、アウトに出たら6’4や6’6のボードが必要だということになり、みんなで大急ぎで動いたよ。コーチたちが走って取りに行ったのさ」
アメリカのグリフィン・コラピントは今朝の状況をこのように話していた。
9ポイントの応酬と何本ものサーフボードが餌食になった危険なワイプアウトの連続。
スラブと呼ばれる底掘れする自然が生み出した、まるで水の壁のような美しくも恐ろしいチョープーで、数々の勝負が生まれた歴史的な1日になった。
稲葉玲王 ワイプアウトから勝利へ
まず、最初にお伝えするのは全ての選手がR3進出を決めた日本代表「波乗りジャパン」の結果。
R3で最初に登場したのは日本代表で唯一R1からストレートで勝ち上がった稲葉玲王。前日のR2で9ポイントを出していたブラジルのフィリッペと対戦した。
両者共に序盤は慎重に波を選び、ノーライドが続いた後、1本目にテイクオフした稲葉玲王が強烈なワイプアウト。サーフボードを真っ二つに折ってしまう。果てしなく広がるようなスープに揉まれながらも、救助されたジェットスキーの上で稲葉玲王は笑顔だった。
ジェットスキーでリーフを回り込みながら代わりのサーフボードを取りに戻り、同郷のコーチ田中樹と一言交わして闘志みなぎる表情で再びラインナップに向かってパドルアウトする。
田中樹のアドバイスといきなりチョープーの洗礼を受けたことで逆に吹っ切れたのか、稲葉玲王は冷静になり、ミドルサイズのバレルを選んでまず1本目のメイク。3.17を出す。
フィリッペの1本目はグラブレールで上手くバレルに入るが、出口手前でフォームボールに弾かれてしまい、ここでもサーフボードが折れてしまう。
稲葉玲王とは対照的にラインナップに戻った後のフィリッペは意気消沈したように見え、波選びのミスが続いた。その間に稲葉玲王は2本目のバレルをメイクしてトータル6.00でQF進出を決めた。
QFでは南アフリカのジョーディ・スミスを倒したペルーのアロンソ・コレアと対戦する。
2度目の五輪は9位タイ
五十嵐カノアは優勝候補の筆頭、ブラジルのガブリエル・メディナと対戦。
東京五輪のSFでは後半まで追い込まれながらも、最後に高さのあるフルローテーションエアーで大逆転していたカノアだったが、志田下と全く違う波のチョープーでは最後までチャンスが巡ってこなかった。
このヒートは序盤にチョープーらしい底掘れしたバレルに完璧に包まれ、抜けてから両手を広げて10ポイントのアピールをしていたガブリエルが9.90とここまでのハイエストスコアを出して主導権を握り、その後も東京五輪の復讐のように全く手を緩めることなく、次々とバレルをメイクしてトータル17.40を揃えた。
一方、カノアは中盤にフリーフォールのワイプアウト。後半もポテンシャルがある波をつかめず、コンビネーションスコアに追い込まれての敗退。2度目の五輪は9位タイで終わった。
ヒート終了後はスポーツマンらしく両者笑顔で讃え合っていた。
ガブリエルは、「ここで何度か10ポイントを出したことがあるから、今回は絶対に出たと思ったね。波は本当にパーフェクトだった。東京五輪での敗北は辛かった。メダルに近かったからね。カノアがその時に自分を倒し、今回リベンジを果たした。彼を倒すことができて良かったよ」とカノアを倒した後にコメントを残している。
ガブリエルは、同じブラジルのジョアオ・チアンカとQFを戦う。
コナーとイーサンの死闘
R3の最終ヒートでオーストラリアのイーサン・ユーイングと対戦したコナー・オレアリー。
このヒートに入ってから一気に風が悪化してまさに生死を賭けた死闘になった。
序盤はロースコア勝負でワイプアウトする度にジェットスキーに拾われてラインナップに戻る荒れた試合。
中盤、視界を遮るような雨まで降る悪天候の中、コナーが海藻を巻き込んでのバレルを見事にメイクして8.00を出し、トップに立った。
後半、イーサンはニード5.51のシチュエーションでセットをつかみ、グラブレールでバレルイン。出口を見つけ、8.67を出して逆転に成功した。終了間際、コナーはニード6.18。プライオリティを持っていたイーサン、コナーの順にテイクオフするが、両者共に危険なワイプアウトをしてしまい、試合は終わってしまった。
コナーの初の五輪出場は9位タイ。
危険を恐れないチャージに心を打たれた方も多いだろう。
開催国フランスの選手がQFを戦う
QFではパリ五輪のダークホースとして快進撃を続けているジョアン・ドゥルーとローカルのカウリ・ヴァーストが同カードになった。
ジョアンはH4でメキシコのアラン・クリーランド・ジュニアとこの日最初の激しい対戦を繰り広げ、9.10と9.03をスコア。トータルではここまでのハイエストになる18.13という驚異的な数字を揃えた。
両者共にまさにモンスターのような波に乗ったが、ジョアンの方がバレルが深く、長さもあった。
「この舞台に立てて本当に興奮しているよ。フランスチームにも満足している。私たちは勝ち上がっている。チームに誇りを持っているし、良き仲間でもある。フランス代表としてここにいることを誇りに思うよ」
ビッグウェーブに人生を注いだメキシコ人
パリ五輪のサーフィン競技では21カ国の選手が出場。その内、カナダ、中国、エルサルバドル、メキシコ、ニカラグア、スペインの6カ国が初出場となる。
メキシコ唯一の選手、アランはジョアンとのヒートで一生心に残る経験をした。
「このサイズの波を二人で狙うだけだったので、集中してひたすらビッグウェーブに乗ったんだ。何本かファンウェーブをつかめて気持ちが良かったよ。ポテンシャルがある波を3本乗ることができたし、この舞台で自国を代表できることに感謝している。この波でもいけるということをみんなに示せたし、それを証明したかったんだ。自分の全人生と献身をビッグウェーブに注いできて、多くの時間を海で過ごしてきた。実際にそれを世界に示す機会を得ることができたし、こんなに凄いサーファーたちと一緒なんだ。自分の名前をこの舞台に刻むことができて本当に良かったよ」
「沢山の人がメッセージを送ってきた。自分のストーリーを話してくれて、サーフィンのことは何も知らないのに、『国旗のためにアランを応援しているんだ!』ともね。自国からこんなに素晴らしい支援を受けて、多くの良い人たちが応援してくれることは本当に嬉しいよ。名誉なことであり、それ以上さ。この瞬間を父とチーム全体で共有できることは、長い長い時間がかかった結果であり、努力と献身が自分が考えていた以上の場所に連れていってくれたことを示している。夢を持ち、それを追い続ければ、確実にそこに到達できるということを示しているんだ」
人生で最も素晴らしいイベント
ジャック・ロビンソン(AUS)vsジョン・ジョン・フローレンス(USA)のゴールデンカードは意外にも盛り上がらずロボの勝利で終わったが、その前のヒート、ギャビーがパーフェクトに近いスコアを出して会場が興奮していた後のジョアオ・チアンカとラムジ・ブキアムのカードは大会3日目で最も盛り上がったヒートになった。
バックドアでの生死を彷徨う事故から復帰したばかりのブラジルのジョアオが8ポイント台を3本に9.30のハイスコア。モロッコのラムジが7ポイント台、8ポイント台とスコアを伸ばし、最後に9.70を出したと言えば、どれだけこのヒートが壮絶だったかが分かるのでは?
僅か0.30ポイント差で負けたラムジを責める人は誰もいないだろう。
「今はかなり落ち込んでいるけど、自分のやったことには満足しているよ。得られたチャンスで最善を尽くした。しかし、これは私にとって最も厳しい仕事の一つだった。この波だったらモロッコに金メダルを持ち帰る自信があったんだ。まさにネクストレベルの大会になったよね」
「ジョアンとは、『楽しもうぜ、ブラザー』って感じだった。チョープーでのトレーニングに入ってから『もし、ビッグウェーブで対戦することになったら、どうしよう』って話していたんだ。今日は『ブラザー、その時が来た。あの波を見ろよ!超デカいぜ!』と笑いながら、交互に波に乗ったんだ。これこそが待ち望んだ時だと思ったね。素晴らしいヒート、素晴らしいバレル。世界のトップサーファーの一人との対戦。彼には必要なかったけど、最後にもう一回だけ互いに波に乗りたかったね。負けてもこれが長い人生で最も素晴らしいイベントだったと言えるよ」
大会4日目のファーストコールは現地時間7月30日の6時15分(日本時間7月31日1時15分)
低気圧の影響で7月30日、31日の2日間は大荒れになる予想。
★現地時間7月30日はオフ。次のアップデートは現地時間7月30日17時45分(日本時間7月31日12時45分)に行われる。
ISAパリ2024公式サイト:https://isasurf.org/event/paris-2024/
(空海)
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