脱げないサーフキャップの特徴を語る後谷今日子さん Photo:Chiaki Sawada

脱げないサーフキャップ開発秘話!全日本の女子選手「日本一」のこだわり

サーフィン用のキャップ開発に情熱を傾ける女性サーファーが、千葉県一宮町にいる。会社員をやめて開発に没頭し、自ら実験台となり、あえてハードな海で試着。1年半のテストを経てサーフィンも上達し、今や千葉東支部から全日本選手権に4年連続で出場するまでになった。

サーフショップに並ぶ、大手ブランドのどのサーフキャップよりも脱げにくく、かっこいいキャップを追求してきた。キャップの快適さは口コミで広がり、千葉の海ではブランド名「LIVETE」(リヴェット)のロゴ入りキャップをかぶるサーファーが少なくない。展示即売会では、大手ブランドの“偵察”も入るようになった。

なぜサーフキャップに情熱を傾けるのか。「日本一サーフキャップにこだわった」と自負するLIVETEの後谷今日子(ごしたに・きょうこ)さん(49)に開発秘話を聞いた。

既製品20個試すも理想遠く

2024年モデルの「Non-Slip Surfcap ~脱げにくいサーフキャップ~」

サーフィンとの出会いは16年前。大手メーカーの営業職をしながら、千葉県船橋市から出勤前に毎朝、一宮町の海に通うほどハマった。日焼けで肌に悪い変化を感じるようになり、「はじめはアンチエイジング目的でサーフキャップを被るようになった」という。

だが、「頻繁にずれる・脱げる・探す、の繰り返し。サイズのある日や、波数の多い日はサーフィンに集中できず、ストレスだった」と振り返る。様々なブランドのサーフキャップを試した。「既製品を買って、紐をつけたりリメイクしながら、15~20個は試したけど、理想に近い商品には出会えなかった」

紫外線の悪影響が目に

現行の2024年モデルは3色展開

6年前には、長年浴びた紫外線の悪影響が目に現れた。角膜炎から白内障を発症。親友は白目に白色や黄色の斑点や隆起ができる瞼裂斑(けんれつはん)を発症、別の知人は、白い膜が黒目の中心に向かって伸びる翼状片(よくじょうへん)で、3回も手術を繰り返した。

「友人の話もとてもつらそうで、紫外線が目に及ぼす影響の怖さと『サーファーズ・アイ』の存在を身を持って知った。肌ばかり気にして目の病気を知らなかった」

日焼け止めクリームなどを使っても、1ラウンドを終える頃には、その効果はかなり低下。目に関しては紫外線をカットする術すらない。そこで、後谷さんは、サーフキャップの重要性を改めて痛感する。

7cmのつばが60%の紫外線をカット

「サーフキャップは物理的に日陰を作り、長時間サーフィンしても紫外線カット率は低下しない。帽子の7㎝のつばで60%の紫外線をカットすると言われている。日焼けを軽減すればサーフィン後の疲労感もまったく違う。キャップは紫外線から頭皮、頭髪、顔、目を守りながら、フィンやサーフボード、固い海底との接触時にも頭を守ってくれる」

今夏、後谷さんは千葉南で、ワイプアウト時に海底の石に頭をぶつけ、頸椎を捻挫したが、頭に傷はなかった。愛用者からは「サーフボードが縦向きに降ってきた時、キャップのつばがクッションとなり、たんこぶ程度で済んだ」という声も寄せられたという。

利点が多いサーフキャップだが、やはり、海で脱げる、なくす、ベルトが痛い、ベルトで変な日焼け跡が残る、自分に合うサイズがない、などの理由で、敬遠されてきたのも事実だ。

「いい商品が作れる」確信し脱サラ

脱サラ時すでに理想のサーフキャップのイメージはあったという後谷さん Photo:Chiaki Sawada

折しも、新型コロナウイルス禍に突入。ちょうど、後谷さんの営業職としての契約が満了し、新規募集も当分は望めない状況だった。「コロナが収まるまで、1、2年好きではない仕事をしながら待つくらいなら、好きなことをしよう!と思った。目の病気をしてから、真剣にサーフキャップを作りたいと思っていた。たぶんいい商品が作れる、と妙な自信と確信があった」

目指したのは、脱げにくく・格好良く・失くさない・痛くない・ストレスフリーで快適に使用でき、海の環境保全にもつながるサーフキャップ。2020年、裸一貫でサーフキャップ開発の世界に飛び込んだ。

最大の特徴はおでこのラバー

当時から、理想のサーフキャップのイメージはあった。最大の特徴はウェットスーツと同じ素材クロロプレンゴムの使用。額(ひたい)に密着させるようにキャップに配置することで、グリップを効かせ、従来のサーフキャップより格段に脱げにくくした。

額に密着するよう取り付けたクロロプレンゴム

また、クロロプレンゴムを取り付けたことで、海で流れてしまっても長期間浮くため、回収率が高く環境保全にも貢献。テストでは2週間も海上に浮いていたという。

クロロプレンゴムの効用はまだある。額の密着性が高まったことで、太いベルトの代わりに細いあご紐が使えるようになり、スタイリッシュさが向上。あご紐にも細かいこだわりが詰まっている。

日焼けしないあご紐

「たとえ細い紐でも、平たいと日焼けの跡がつくけど、丸いと日焼けしないことが分かった。太さは直径4mm。3mmだと、キャップ本体に縫い付ける時、針が1発しか入らないので、耐久性に難があった。素材は高い強度を誇るナイロン製のパラコード。肌触りは悪いけど、痛くはならない。また、紐をつける位置も大事。1cm前後するだけで、脱げ方がかなり変わるので、頭サイズのドルフィンでも脱げないよう、紐を縫い付ける位置にはこだわった」

しかも、このあご紐には3パターンの装着方法がある。耳の前後に通す「W紐」は最も脱げにくく、流れ止めとして使用する際の「シングル紐」は耳の後ろだけに通す。「紐なし」でも被ることができ、波の状況や好みに合わせて選択できる。

ジャンク波で1年半テスト

こだわり満載のキャップの試作品ができ上がると、ここからが後谷さんの本領発揮。1年半もの間、波が良いポイントを横目に通り過ぎ、千葉外房の北から南まで、あえて悪い波や条件が悪いポイントを求めて海に入った。オンショアやオフショアの強風、波数が多い、波が厚い、アウトが遠い、サイズが大きい…。ジャンクであればあるほど、そこへ出かけた。

「心が折れそうになった時は友達も巻き込んだので、つらい思いをさせて申し訳なかったけど、今となっては良い思い出。ドルフィン地獄で筋肉モリモリになった。おかげで、ゲットが超得意になっちゃった」と笑う。

自分の体験だけでなく、初心者から上級者まで一般サーファーにも、実際に海で試してもらった。プロサーファーからは「ボトムターンで、つばが視界を邪魔すると、リップを見ようと顎が上がってしまい、重心が分散される」との指摘を受け、キャップのつばをフラット形状からゆるいカーブに変えた。

難航した工場探し

ようやく理想の形ができたが、工場探しは容易でなかった。「アパレル業界の知識がなかったために、工場で作ってもらうのが、こんなに難しいとは思っていなかった。額部分にゴムをつける、紐をつけるのは異例だったので、イレギュラーな手間で流れ作業を中断する工程が嫌がられた」

サーフィン仲間の協力で、ようやく受け入れてくれる工場を見つけた。2年以上の歳月をかけ、数えきれない失敗を経て、2022年5月、サーファーによるサーファーのための日本初「Non-Slip Surfcap ~脱げにくいサーフキャップ~」が誕生した。

サイズはS・M・Lの3サイズ展開。口コミで評判が広がり、200個売れた。

だが、販売を軌道に乗せようと意気込んだ矢先、受け入れてくれた工場が日本向けの受注をやめてしまった。急いで他の工場を当たったが、特殊な工法と少ない発注数がネックとなり、工場を見つけることができず、2023年は新製品の販売を断念した。

壁にぶつかり貯金は底

「このころが一番苦しかった。浅はかだったなと。なんでこの道に来ちゃったんだろって思ったこともあった。モノには自信があったから『これが作れないんだあ』と、壁を感じた。仕事をやめてからアルバイトをし、貯金を切り崩しながら開発していた。売れても、工場への支払いで儲けはほぼなく、2年半で貯金も底をついてしまった。でも、とても落ち込んでいたけど、楽しみにしてくれている人がいたことが、2024年に向けた開発の力になった」

2023年に新製品の販売をできない中でも、「ほかのブランドを買わずに待ってる」と言ってくれるファンがいた。サーフィン仲間のつながりと、インスタグラムでの口コミ、普段から通うサーフショップ「ワン・ワールド」での販売でファンは着実に増加。一方で、「やっぱり脱げる」という意見もまだあった。逆境の中、後谷さんのチャレンジ精神に火が付いた。

2024年は独自のつばを開発

2022年モデルで、クロロプレンゴムとあご紐への尋常ならざるこだわりを実現し、2024年モデルで着目したのは、つばだった。

「あえて紐なしで頭サイズに入ったりした結果、ドルフィンやワイプアウト時に脱げる原因は、やはり、つばだった。つばの抵抗をなくすため、やわらかくしてみたら、今度は風が吹いたら、つばが上がりっぱなし。日焼けしっぱなし。これじゃダメだと。たどり着いたのが、まったく新しいつば芯だった」

詳しくは企業秘密だが、水流による抵抗を最小限にするため、中心部は固く周囲は柔らかい2層構造となったつばに、視界を妨げない形状記憶の極小カーブを施した。後谷さんが考案したつばは、帽子用原材料を製造する1925(大正14)年の老舗企業が保有する3000種類以上のつば芯の中にも当てはまるものがなかった。そこで同社は、LIVETE独自のつばの金型として「LIVETEゼロワン芯」を製作。そして、新たに契約した都内の工場も、後谷さんのこだわりに深い理解を示し、注文を請け負ってくれた。

2024年のモデルには「1年間待ってくれたお客様への感謝」として、天然石の瑪瑙(めのう)の一種「Agate」(アゲイト)をあご紐に通した。後谷さんは「石の色は一つ一つ微妙に違う。Agateにはリラックス効果や、心身のエネルギーを満たしバランスを整える効果があるとされ、みなさんが、もっと楽しくサーフィンができるよう願いを込めた。キャップを活用した後も、ピアスやネックレスに通したり、財布やキーケースなどに忍ばせてパワーストーンとして楽しんでほしい」とメッセージを送る。

一つ一つ色が違うAgeteがキャップあご紐に通っている

冬はイヤーウォーマー装着可

別売りのイヤーウォーマーも販売中で、装着すれば、サーファーズイヤーの抑制になる上、冬場のドルフィンも怖くないという。そして、現在、後谷さんは新たにハットの開発にも乗り出したという。

「LIVETE」というブランド名は、「Light infinite verve」(無限の情熱に火をつけろ)という言葉に由来する。後谷さんは「サーフィンという素晴らしいスポーツに対する思いと良い商品を作り続けたいという思いから名付けた。皆様のサーフスタイルが少しでも快適になりますよう お手伝いさせて頂けたら幸いです」と話している。

キャップのみならずハットも開発中 Photo:Chiaki Sawada

2024年モデルは定価9,020円で、ブラック、コヨーテ(ベージュ)、オリーブの3色展開。

購入はLIVETEのサイト
https://liv54.stores.jp/?fbclid=PAZXh0bgNhZW0CMTEAAaYhB9AKtslVhDF3vjZfHphOtt_YrX2G7sKJK6SpBmz2FyVg7VmMUyDnYqc_aem_3z0MyOM344flB8oL6fex6w

(沢田千秋)

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