中国の武漢市を中心に発生して世界中で感染が拡大している「新型コロナウイルス」
その脅威は中国のハワイと呼ばれている海南島でも例外ではなく、1月上旬に開催され、村上舜が優勝したQS5,000『Corona Open China hosted by Wanning』終了後、事態は急変した。
ここからは昨年12月に中国サーフィン最新事情について独占取材に応じてくれた中国ナショナルチームの元コーチであり、Surflineに人工プールの情報を伝えていたNik Zanella氏の手記を元にお伝えする。
北京での生活
今、私は北京にある11階のアパートに閉じ込められている。
全ての大使館があり、地球上で最も人口密度が高い朝陽区を見下ろしているが、人口約385万人の大都市は不気味なまでに静まり、周囲の高級レストランやショッピングモールはもぬけの殻だ。
ここにビーチはなく、社会生活はゼロに縮小している。
今回の北京滞在は2月第1週に予定されている妻のYang Liの出産が理由。
海南島から妻の実家がある北京に一時帰宅したのだ。
私はマスク、眼鏡、消毒液を持ち、まだオープンしているいくつかのスーパーマーケットや病院に向かう。
幸いにも妻の通っている診療所は清潔だが、家に入る前には全てを消毒する。
上着、携帯電話さえも例外ではなく、買い物袋に入っている全ての物をすすぎ、衣類は入念に洗濯するのだ。
私はケニアでタイガーシャークとサーフィンをしたり、スリランカの内戦中にビーチで撃たれたり、インドネシア北部では海賊の襲来から生還、マデイラ諸島での15ftのウネリで溺れた時も生き延びたし、今回も経験の一つになるだろう。
ここでの最大の敵は心理的な問題。
海岸から離れて運動する機会を失うと「うつ病」が始まり、恐怖が増幅するのだ。
1月10日 最初の犠牲者の報告
『Corona Open China hosted by Wanning』の真っ只中、1月10日に1,400km北の武漢で中国メディアが「新型コロナウイルス」の最初の犠牲者を報告した。
(コロナオープンというイベント名も皮肉なものだ)
会場の日月湾には今シーズン初のQSに世界中から200人以上のサーファーが集まり、16名のローカルサーファーが参加。
グローバル化が進む近年の中国のサーフシーンにエメラルド色の海。
1月12日にイベントが終了した時は一点の曇りもないように思えた…。
しかし、中国が旧正月を迎える直前の1月23日。
政府は「新型コロナウイルス」の拡大が止まらない武漢市と湖北省の8つの都市の全ての交通手段をシャットアウトされ、封鎖した。
北京と上海を中心に症状が広がり、外国人は’まるで沈没船にいたネズミ’のように一斉に本国から逃げ始めた。
その結果、海南島にも突然多くの観光客が押し寄せ、そのうち約2万人が武漢から来た人達だった。感染は山火事のように広がり、穏やかだったサーフコミュニティが一転してパニックに陥り、ビーチに似合わないマスクを着用し始めた。
武漢出身の女性サーファーの怒り
Nik Zanella氏がサーフィンを教えていた武漢出身の女性サーファーYe Shanによると、1月21日に武漢に到着した時は生活に変化がなく、自宅で数日間過ごした後、両親と広東省のツインムーンベイにあるサーフクラブで旧正月を過ごす予定だったが、23日の午前10時に全ての交通手段が止まり、家の中で10日間監禁状態となった。
それはまるで刑務所のようで、電話口の彼女の声は怒りと退屈でいつもと違う神経質なものだった。
「Nikさんに伝えたいことは、情報の遅れよ。行動を起こすのが遅過ぎた。病院の人から聞いた話は遥かに悪く、英雄である医者でさえ十分なマスクを与えられていない。家族は誰も感染していないけど、恐怖しかない。フェイクニュースに怒りもあるわ」
武漢の自宅に監禁状態となっているYe Shanは、バレンタインに計画していたフィリピン旅行も、フランスへのサーフトリップもキャンセルを余儀なくされた…。
彼女は週に一度、’頑丈なマスク’とスキーゴーグルを着用して食料を調達に行く。
若きQSサーファーの苦悩
中国で最も才能があるサーファーと言われ、『Corona Open China hosted by Wanning』で25位に入った17歳のQiu Zhuoは「新型コロナウイルス」の影響で今シーズンの海外でのQS参戦が困難になった。
新しいスポンサーを見つけた彼はこの後オーストラリアに飛び、ゴールドコーストでトレーニングをして世界中のQSイベントに参加する初めてのシーズンになる予定だったが、中国人の入国制限措置でそれが不可能になったのだ。
2月4日 海南島北部の后海のサーファー
海南島では「新型コロナウイルス」が拡大した後、島にいる全員がチェックされ、監視状態にある。
2月4日現在、観光業は閉鎖されているが、北部にある后海、南部の日月湾のような制御がしやすい小さな村では自由にサーフィン可能。
広東省の797人と比較すると海南島では80人と中国国内では最も感染率の低い場所である。
鵠沼での『DACT TAPE INVITATIONAL』にも招待された中国を代表する女性ロングボーダーのMonica Guoは現在の后海でのサーフィンを以下のように話している。
「最初のパニックの後、私達の村は安全だと感じているわ。ここでは出入りする度に入り口で体温のチェックをされるのよ。后海はまるで昔に戻ったようね。2011年、ここに引っ越してきた時のように数人の友人で波を共有しているわ。大きな町の人は間違いなく心配だけど、この村の状況は改善している」
Monica Guo
悲観的なサーファーの意見
楽観的なMonica Guoに対して悲観的な意見を持つサーファーもいる。
「新型コロナウイルス」の深刻な被害を受けている湖北省の恩施出身の女性サーファーで環境活動家でもあるDarci Liuは后海でサーフキャンプとオーガニックレストランを経営している。
感染の疑いがあった家族を持つ彼女の意見こそが中国の実情なのだろう。
「旧正月以来、死者の数は増え続けており、湖北省では状況が悪化している。海南島から出来ることは何もないのよ。私の叔父が呼吸器の問題を抱えた時は家族全員が恐怖に陥ったわ。その時はニュースを見て何が本当で何が嘘なのかを見分けようとしていた。心を落ち着かせるために何度かサーフィンしたけど、’心ここにあらず’だった。サーフィンをしたある夜、自分の弱さを感じたわ。インフルエンザ流行の時期でもないのに、風邪をひいてしまうのではと心配になったの。そこでビタミン剤を摂取して沢山水を飲んで対処したのよ。結局、叔父は感染していなく、病院通いからも解放されたけど、まだ日常に戻るのは程遠い。例え、ウィルスが物理的に感染していなくても、感情的には感染しているようだわ」
Darci Liu
Darci Liuの意見の通り、中国に住む私達は感情的に感染している。
この場所のサーファーのコミュニティは小さく、医師やワクチン開発のために働いている人の中にサーファーはいない。私達が悲劇のヒーローとして記憶されることもないだろう。
しかし、波に乗る行為から学ぶべきことはある。
サーフィンは過酷な環境、荒れる海での僅かな瞬間を楽しむ方法を教えてくれる。 “心理的な回復力と不屈の精神”は中国の哲学でも称賛されているのだ。
「新型コロナウイルス」と呼ばれる大きな嵐によって届いたセットの下にいる私達が今出来るのは、息を止め、手を洗い、清潔を保ち、浮上するタイミングを待つことだ。
Nik Zanella氏から寄せられた手記『A STORM CALLED CORONAVIRUS -Surf life in China under the epidemic-』を元に編集部で再構成しました。
翻訳・構成:THE SURF NEWS編集部/空海
Nik Zanella
探検家、中国学者、サーフコーチ。過去10年間、中国で未開発の海岸線を開拓しながら、複数の中国のサーフィン開発プロジェクトを手掛ける。 著書『Children of the Tide : an exploration of surfing in dynastic China(直訳:潮汐の子どもたち)』はKindle版またはペーパーバック版で購入できる。
≫各地域の連盟や自治体からの自粛要請、駐車場の閉鎖やイベント中止情報は「新型コロナウイルスによるサーフィン業界への影響まとめ」にて更新中