世界が未曾有の事態に直面した新型コロナウイルス。3月中旬にはWSLが世界各国でチャンピオンシップツアーを含む試合の中止を発表するなど、サーフィン界にも徐々に影響が広まり、日本国内では4月7日に緊急事態宣言が発令された。
発令当初、THE SURF NEWSが行ったサーフィン自粛に関するアンケートで「サーフィンを自粛する」と答えたのは26%だったが、マスメディアでサーファーが集まる海岸の様子が繰り返し報道され、全国的に警戒感が強まるなか、日本サーフィン連盟(NSA)や地域の発信などによりGW終了後のアンケートでは9割が「自粛した」との結果が出た。
コロナ禍におけるサーフィン自粛をめぐる一連の動きを振り返り、その背景や要因を考えてみたい。
新型コロナとサーフィン界の動き
3月12日 WSLがCT開幕戦含む3月の全試合中止を発表
3月14日 日本国内では安倍首相が「緊急事態を宣言する状況ではない、五輪予定通り開催したい」と発言するなど、まだ緩やかなムードだった
3月23日 三連休に花見客など人出の急増を受け、小池都知事が「ロックダウン」発言。食料品の買いだめなども起き始める
3月24日 東京2020オリンピック延期決定
4月1日 サーファーの間でも自粛論が活性化し、サーファー系Youtuberが活動自粛を宣言しはじめ賛同を集める
4月5日 宮崎エリアで全国に先駆けてサーフィン目的の来訪自粛を要請。プロサーファーの発信も目立ち始める
4月7日 緊急事態宣言発令。千葉一宮などを筆頭に「サーフィン目的の来訪自粛」を要請するエリアが徐々に増えていった
4月15日 第1回TSNアンケートで26%が「サーフィンを自粛する」と回答
4月16日 緊急事態宣言が全国拡大
4月19日 土曜に大雨となり日曜に天気が回復して波が上がる等、サーファーが集まりやすい条件が揃う特異日となり、多くのポイントに多数サーファーが現れた
4月20日 千葉県の森田知事がサーフィン等目的での来県を控えるよう呼びかけ、数日後には神奈川県の黒岩知事も「湘南の海に来ないで」と発信。複数のマスメディアが江の島をはじめとする海岸の様子を連日報道し「不要不急の外出自粛に応じない国民がいる」などの批判が相次いだ
4月22日 NSAが「全てのサーファーの皆さんへ」と題して「#STAYHOME」を呼び掛け、サーフィン団体代表からのメッセージとしてマスメディアでも大きく報じられた
4月23日〜 神奈川県が海岸立ち入り自粛を求める看板を広域で設置。NSA各支部や連盟が、地元住民も含めたGW期間のサーフィン自粛を要請するなど対策を強化
4月25日〜5月6日 GW前後の期間、9割がサーフィンを自粛した(第3回TSNアンケート)
5月4日 緊急事態宣言延長
5月7日〜 宮崎や千葉一宮などの一部地域が、地元住民に限りサーフィン自粛を解除
5月7日 NSAが緊急事態宣言の延長について発信、地域のルールに従うよう注意を呼び掛けながらも、「サーフィンは免疫力も高くなる、セラピー効果が期待できる」とした
5月14日 緊急事態宣言が39県で解除、宣言下のエリア含め多くがこの段階で「サーフィン自粛」要請を解除に踏み切った
5月25日 緊急事態宣言が全面解除、SNSなどで自粛を宣言していたプロサーファー達も海に戻り始めた
9割がサーフィン自粛をした経緯
当初、サーフィン自粛について呼び掛ける自粛派がいる一方で、「アウトドアだから三密にはあたらない」、「免疫力を維持する事こそが生き延びる術」など様々な声も上がっており、自粛の必要性を軽視する声なども少なくなかった。
それにも関わらず、実際には9割がサーフィンを自粛するに至った要因を、4つの事象から考えてみたい。
【事象1】マスコミ報道
緊急事態宣言発令後の週末、土曜が大雨となり、翌日曜に天気が回復し、波が上がる等サーファーが集まりやすい条件が揃い、各地のポイントに多数サーファーが現れた。
複数のテレビ局や新聞社が江の島など観光客を含め混雑する海岸の様子を映し出し、サーファーの多さを指摘。「不要不急の外出自粛に応じない国民がいる」などとパチンコ客と同列に批判される報道が相次いだ。
江ノ島のサーファー
— M (@MtsutoM) April 22, 2020
みなさんどう思いますか?#ひるおび pic.twitter.com/I81oCDE8Yg
各地のサーフィン団体等は、これらの過熱した報道を受け「これ以上サーフィンを悪いイメージにしてはいけない」との理由からか、GWに向けてメッセージを発信するなど自粛要請を強化したところも多くあった。
しかし、これらマスコミが海岸付近の混雑を映し出す映像には、報道の専門家からも「望遠効果などを用いた過剰演出だ」との指摘もあり、批判感情を煽る意図が感じられるものも少なくなかった。
また、繰り返し流れた海岸道路の渋滞シーンなどは、大型の公営駐車場がすべて閉鎖され、Uターンをする車や一部の出入口の狭い民間コインパーキングなどを起点として発生した部分的な渋滞を切り抜いて使用されたが、それらの事情が分からない司会者やコメンテーター、そして視聴者には、不謹慎な様子を強調する素材として伝わったと言える。
【事象2】4/22の日本サーフィン連盟メッセージ
マスコミ報道が過熱してきた4月22日、日本サーフィン連盟(NSA)が「全てのサーファーの皆さんへ」と題したメッセージを発信し、サーフィン団体代表のメッセージとしてマスメディアでも大きく取り上げられた。
内容をよく読めば「地域のルールに従って」と書いてあるが、NSAロゴと「#STAYHOME」が記された画像と共に発信され、神奈川県の海岸封鎖シーンと同じタイミングで扱われたこともあり、「海に出ることへの自粛を全国に呼び掛けた」(=ビーチ閉鎖的)と解釈されるものも多かった。
そもそもアマチュアサーフィン団体であるNSAが所属会員を超え一般サーファーに呼びかけるのは異例だが、その背景として五輪競技となったことで報道陣への発信網があることや、全国のサーフショップやサーフコミュニティとの繋がりがあることから、サーフィン界を代表して声を上げざるを得なかったのだろう。
さらに、マスメディアでの報道過熱により、オリンピックの新競技という立場から、サーファーのイメージダウンを食い止めたいという思いになることは容易に想像できる。
この発信により支部やショップに対して統一の指針が示された。言い換えれば、それまで新型コロナウイルスの感染拡大による各地での規制や対策はエリアによりまちまちだったが、NSAの発信により一斉に「STAYHOME=サーフィン自粛」の方向へ舵が切られた。
【事象3】アスリートたちの発信
地域の代表的な存在とされがちなプロサーファーは、メディアに取り上げられることも多く、またSNSでのフォロワー数の多さから一般サーファーに対しても発信力がある。
地元で他の地域からの来訪に対して心配の声が高まり、Youtuber等も活動自粛をするなど世論の目も厳しくなるなかで、一部のプロサーファーは4月初旬から自身も海に入ることを辞めSNSなどで発信。それがきっかけでサーフィンを自粛すると判断した一般サーファーも多くいた。
さらに、GW明けすぐに地元住民に限りサーフィン自粛を解除したエリアもあったが、海に入れない他県サーファーへ配慮して、地元在住でも5月25日の緊急事態宣言全面解除まで海に入らなかったプロサーファーもいた。一部では、周りの一般サーファーも足並みを揃えて自粛していたケースもあったようだ。
しかし、アスリートにとって実際のフィールドで2ヶ月近く練習できなかったことの代償は少なくないはずだ。もちろん彼らは自粛中であっても、自宅でのトレーニングを積み、できる限りの努力を尽くしていたが、コロナの第2波、第3波が懸念されるなか、万が一このような事態が再来した際に、アスリートが活動を継続できるような環境を整えることは必要だろう。
【事象4】根底にある日本的な“忖度”マインド
これら事象1~3に対して、日本人的な「忖度」マインドが働いたものと考えられる。
実際、第3回アンケートでは、サーフィンを自粛した理由として「要請に従った」「周りの目を気にして」など、自らの判断のみではない第三者的な意見を優先するような回答が過半数となった。
つまり「サーフィン自体に感染リスクがあるか」という視点ではなく、マスコミの報道や各所の発信を受けて、多くのサーファーが自粛すべきかどうかを周りの様子を伺って判断したと読み取れ、NSAやアスリート達の発信は忖度トレンドに強く影響を与えたが、そもそもそそれ自体も忖度の表れだったともいえるのではないだろうか。
また、サーフィン自粛への流れや、忖度マインドを助長したと言えるのが、「自粛警察」的な動きであったと言えるだろう。マスコミの報道自体が自粛警察的な役割を果たしているなか、自粛派の多くは普段より報道に接する機会が増え、自粛に関するニュースを見続けることで、より自粛論の影響を受けることになる。
オピニオンリーダー的側面のある者がパーソナルメディアで発信することなどにより、コミュニティ内での自粛警察マインドが形成されることはよくあるものだが、事実、SNSなどではそれに近い動きが多数目撃されている。
【浮かび上がるのは“市民権を得た”サーファー像】
サーフィン自粛をめぐる動きについて4つの事象から考察したが、日本では「自粛」という法規制も罰金もない環境下で、9割がサーフィンを自粛するという結果に繋がった。
このことに対して、一部のサーファーからは「サーファーらしからぬ…」「大人しくしていてガッカリした」などの意見もあったが、今回の一連の流れから、ある現代の日本のサーファー像が浮かび上がって来たと感じた。
それは、若かりし頃カウンターカルチャー的世界観のなかでアウトローとして生きていたサーファー達が、それぞれの地域で、家族を持ち、生計を立て、下の世代へサーフィンカルチャーを継承するなかで、地域コミュニティとの関わりを深め、認められる存在となっていった。そんな“市民権を得た”現在のサーファーの姿と言えるのではないだろうか。
だからこそ、サーフィンをすることによる感染リスクという観点だけでなく、社会とサーファーとの信頼関係を崩さないために忖度をしながら自粛をすることも必要とされたのだろう。
今後、全国で県をまたぐ移動が解禁され、徐々に回復に向かうもののこれからもウィズコロナ時代は続く。今回はサーフコミュニティでクラスターが発生した等の話は聞こえてこないが、第2波、第3波、類似のウイルスが発生してしまった際、今回と同じでよいのか、それともサーファーとして別の在り方があるのか。THE SURF NEWSでは今後も様々な観点から検証、考察を行ってみたい。
(THE SURF NEWS編集部)