革命の国、キューバ。プエルトリコやジャマイカと同じカリブ海に位置しながら、サーファーにとってはほぼ未開の地。キューバではサーフィンは長い間政府に禁止されていて、今もなお正式なスポーツとして認められていない。しかし、オリンピック新種目に選ばれた今、キューバのサーフィンを発展させる動きが加速している。その歴史と挑戦を見てみよう。
サーフィンの苦しい誕生
コロナによる移動規制はさておき、今やサーフィンはグローバルなスポーツとして波があるすべての国に浸透している。しかし、なぜカリブ海の島国キューバはその波に取り残されたのだろうか。サーフショップは一軒もなく、全国のサーフィン人口は100人足らず。海外から来た数少ないサーファーが置いて行った雑誌やビデオテープなどを参考に、見よう見まねでサーフィンを始めたキューバの人々だが、その文化はなかなか社会に受け入れてもらえず、アメリカ人の真似事と、バカにされることも。
政府の規制によってサーフボードやワックスなどの輸入販売もできなかったため道具は自分たちで作るほかない。フォームは壊れた冷蔵庫からリサイクルし、チーズ削り器で形を整え、レジンは造船用のものを使う。それも経験のあるシェーパーがいないため、全部試行錯誤でたびたび失敗に終わったそうだ。
さらに、サーフボードをもって海に入ろうとすると警察に止められたり、サーフボードを没収さえされた時代があったという。その背景にはキューバの波乱の歴史がある。
アメリカとの対立、サーフィンは非合法
キューバは60年間にわたり隣国のアメリカと対立し、長い間貿易や渡航が禁止されていた。
1959年にフィデル・カストロやチェ・ゲバラ率いる革命家が苦しいゲリラ戦の末アメリカが支持していたバチスタ独裁政権を倒し、キューバ革命を起こした。社会主義を掲げ、アメリカ資本が握っていた産業を国有化したカストロ政権に反発して、米政府が1960年に経済制裁を開始、翌年に両国の外交関係が途絶えた。
キューバ政府が医療や教育などの社会福祉を発展させ、一定の生活水準を確保できた一方、産業やメディアなどが厳しく規制され、今まで悠々と暮らしていた富裕層は不満を覚え、アメリカに亡命したものが多くいた。1993年までに120万人が国外に逃れたと推定されていて、中には自作のいかだやタイヤのチューブなどあらゆる手段を使って亡命を試みて、海で命を落とす人も少なくなかった。
警察や軍が海岸をパトロールするようになり、サーフボードで海に入る者は亡命を試みていると疑われ、取り締まりの対象となったのだ。キューバでは合法と指定されている活動以外は「合法ではない」。サーフィンはずっとこのグレーゾーンに存在し、スポーツとしての認識が低いためたびたび取り締まりの対象となったのだ。
キューバンサーフカルチャーの挑戦
2009年から米オバマ大統領が国交正常化に向けて関係改善に踏み出して、2016年にはアメリカの観光客も訪れるようになった。海外からのサーファーが置いて行ったサーフボードや道具を使ってサーフィンを始めるキューバ人も少しずつ増え始めた。
徐々に理解されるようになったサーフィンは違法ではなくなったものの、あくまでも「娯楽」扱い。キューバでは政府に正式にスポーツとして認められない限りオフィシャルな組織を作ったりできず、国の代表として海外の大会などにも出場できないという現実がある。
オリンピック種目に決まり、政府に正式に認めるよう働きが加速
それでも様々な障害を越えながらキューバのサーフィンを発展させようと2人のサーファー、フランク・ゴンザレスとヤヤ・グレロが立ち上がった。署名活動や政府のスポーツ機関への呼びかけを行い、世界のサーフィン事情や地元のサーフカルチャーについてのプレゼンを行った。政府に正式にスポーツとして指定し、国の代表として海外の大会に出たり、国内の次世代のサーファーを育成できる組織を立ち上げるのが目的だ。
「政府は“スポーツは人々の権利だ”と言っているが、彼らはサーフィンをスポーツとして認識していない。サーフィンはどれだけ素晴らしいスポーツか、政府に知らせたい。」
フランク・ゴンザレス
その一連の活動が映画化され、先日ビッグ・スカイ映画祭で公開され、WSLのTransformedシリーズThe Cuba Unknownでも取り上げられている。オリンピックチャンネルでもキューバのサーフィン事情について紹介されている(日本語字幕あり)。
2021年に入り、キューバ政府は多くの分野での個人の起業が許されるようになると発表した。個人で経営できる業種を今までの127種類から2000以上に増やし、経済の自由化を進める模様。
サーフィンがスポーツとして認められれば、サーフショップやスクールの開設、そして道具の輸入もできるようになる見込みだ。キューバ発のサーファーが国際大会に参加したり、オリンピックにも出場できる日はそう遠くないかもしれない。
ケン・ロウズ