日本を代表するサーフタウンの一つ、宮崎。2019年には木崎浜で五輪選考会「ISAワールドサーフィンゲームス」が開催され、今年4月には更衣室やシャワー、災害時用の放送設備やAEDなどを備えた「サーフィンセンター木崎浜」も開設された。
この活動の中心人物となった宮崎県サーフィン連盟理事長であり、県庁にも務める中村義浩氏と、それをメディカル面から支える小島岳史氏に、Surfrider Foundation Japanが行ったインタビューを紹介。
2022年4月1日、宮崎、木崎浜に「サーフィンセンター」が開設された。海岸の利用環境の改善に向けて県が建設を進めた、安全面にも対応した施設だ。国内有数のサーフスポットが点在する宮崎県では、県サーフィン連盟が、約10年前からこの施設整備を要望。その中心となったのが、県庁に勤務する傍ら、県サーフィン連盟理事長を務める中村義浩さん。サーフィンを通じた地域振興を提案、サーファーの地位向上やサーファーや海で楽しむ人々のための環境整備に長年取り組んできた。日本のサーフタウンを先導する地でもある宮崎に対する思いを話していただいた。
中村義浩/写真 横山泰介
1963年生まれ。宮崎県出身。宮崎県サーフィン連盟理事長。宮崎県庁に勤務する。2012年ISA(国際サーフィン連盟)主宰の世界マスターサーフィン選手権大会日本代表。NSAマスターズオープンサーフィン選手権で2度の優勝の経歴をもつ。
小島岳史/写真 横山泰介
1978年生まれ。福岡県出身。日本整形外科学会専門医。日本スポーツ協会公認スポーツドクター、サーフィン専門。宮崎大学在学中にサーフィンを始める。2019年ISA WORLD SURFING GAMESや東京オリンピックでメディカルを担当。
海岸の環境を考える際に、自然の中で波に乗るサーファーが肌で感じる感覚はとても重要だ。ただそれをソリューションへと結びつけるためには、多くの場合、地域や行政へと繋ぐことが必然となってくる。なかなか直結しにくい問題を、中村さんはサーフィンが社会に理解されるための土壌づくりから働きかけてきた。また競技としての地位確率のために、メディカルチームとの連携などを行なっている。その主力であるサーフィンドクター、小島岳史さんにも話を聞かせていただいた。
SURFRIDER FOUNDATION JAPAN(以下、SFJ) : 中村さんは県の職員として勤務しながらも、サーファーとして活躍されています。その両方にしっかりと軸を置きながら、サーフィンを広めようという働きかけをしていらっしゃいますが、具体的にはどういったことをされていますか。
中村義浩さん(以下、中村):「県職員の三人に一人をサーファーにしたい」という目標で、10年くらい前から職員に向けてサーフィンスクールを開きました。県庁ではいま、50人以上のサーファーがいます。全体で5,000人のうちの1パーセントですが、少しずつ増えてきたと思います。それで公務員のサーフィン大会を開こうと、「全国自治体サーフィン選手権大会」を発起人となって立ち上げました。これまでに宮崎では二回企画され、1回目は台風で中止になり、第二回は開催されました。第三回は徳島で行われる予定でしたが、残念ながらコロナで2年間キャンセルになっています。
全国自治体サーフィン選手権大会 >>> https://www.surfrider.jp/column/3897/
SFJ : その大会に対する思いはどういったものだったのですか。
中村:県サーフィン連盟に立ち返って考えたところ、野球やサッカーなど、他のスポーツでは有名な自治体がありますが、宮崎ならサーフィンをメジャースポーツとして推進できればという思いです。ではそういったスポーツと同じ立場とは、と思った時に、普通にある「草野球」のように、「草サーフィン」が必要だと。それにはやはり身近な県庁の内部から変えるべきなのではと。まずはサーフィンをしている人がいないと分からないと思い、サーフィンスクールを始めました。
また自治体のサッカーや野球大会はあるのに、サーフィンの全国大会はない。全国の消防の大会は毎年あったのですが、もっと幅を広げた大会を企画しました。このサーフィン大会のために他県の公務員の方たちが宮崎に来てくれて、その宿泊費や飲食費によって、地域の経済にもいい影響がある。サーフィンというとどうしても不良という印象があったので、社会性のあるサーファーたちが訪れれば、地元でも歓迎されるのではないかと。またそれを全国でやっていけば、それぞれの地域振興にもつながると思いました。
SFJ : 公務員の方が動くことで、社会的な意義も出てくるという考えは、確かにそうですね。まずはそういった大会から始めたのですね。
中村:さらにサーフィンをメジャースポーツにするために、プロやエキスパートの試合だけでなく、野球などのように、アマチュアの試合がもっとあってもいいと考えました。NSAの試合だとレベルが高すぎる。もっと一般に楽しく普及させるために、例えば、医療関係者、公務員、職種によってとか、大学の学連、高校生だけの大会など、沢山いるサーファーを横で切る大会を提案しました。そうすれば、全日本チャンピオンではないけれど、各くくりの中での日本一というステイタスが生まれます。県にはそれぞれの大会に対しての補助金を出しましょうと働きかけて、出場者からはエントリーフィーを集る。こうした大会が増えることで、より社会性が確立され、サーフィンというスポーツの土台の一部になればいいと思いました。
そのほかにもいくつか試みがあって、チームチャレンジという、4人ひと組で出場する大会を開催しました。コンペは若手が中心の個人戦ですが、チームなら年齢に関わらず作戦を立ててできる。その表彰式やパーティを街のアーケードを使ってやり始めました。サーフィンの普及と同時に、閑散としていた街が賑わって、街がらみでサーフィンを後押しする形に。いち早く行政が絡んでサーフィンとつながってきたことやリモートで仕事が出来るようになったこともあり、移住者も増えています。県全体でサーファーは1万5千人から2万人と言われています。
SFJ : 宮崎県の人口が約110万人ですから、100人にひとりがサーファーということですね。この流れの中でどのような取り組みがありましたか?
中村 : 今後はサーファーの二世、三世が期待できる土壌をつくっていきたい。そのためにまずは学校の部活から始めなくてはと、サーフィン部をつくろうと働きかけてみました。けれど学校サイドは「危ない。事故につながる」と受け入れてもらえませんでした。確かに責任問題になります。そんなときに、東京から宮崎によく通っていたサーファーのお医者さんが「サーフィンと医療をつなげないと前には進まない」と県サーフィン連盟に「メディカルチームをつくろう」というアプローチがあり、メディカルチームとの連携を図ることになりました。
実は、以前木崎浜に遊びに来ていた二人のお子さんが海で溺れる事故に遭い、受け入れる病院を見つけるのに時間がかかり、亡くなってしまった事例があり、そのような事態に対応できるしくみをつくるべきだと。特にサーファーはそういった事態が起こりやすい種目だから、メディカルチームにも安心の一端を担ってもらって、彼らがいるなら事故があっても助けられるという態勢を整えました。7、8年ほど前、市から補助金を受け、サーファーズレスキューカードを作り関係者に周知して木崎浜にAEDとサイレンの設置などを提案しました。時間はかかりましたが、やっとこの春に木崎浜サーフィンセンターが出来上がります。監視塔があり、救急に対応できる設備とトイレや温水シャワーなどもある施設です。海の安全安心が守られる大会施設と呼べるものになりました。
SFJ : サーフタウンとして他県を先導する事例のひとつとして、メディカルチームとの連携があったのですね。その中心となってチームの編成をはじめ、実際に活動されている小島さんのほうから現状を教えていただけますか。
小島岳史さん : メディカルチームには、約10名のメンバーがいます。サーフィンを愛し、リスペクトしている人たちです。2019年の「ISAワールドサーフィンゲームス」では、宮崎の医者と理学療法士が1週間現場に待機していました。わたしは最終的にはサーフィンの現場での医療が、サッカーと同様であることを目指しています。サッカーの場合、中学高校の試合でも医者がついていないと開催できないという規則があります。また有料の試合も医者と看護師がいないと開催できません。ではサーフィンは、というと何のきまりもありません。サーフィンこそ、安全面を注意しなくてはならない。まだマイナースポーツの域を脱してはいないので、規則のないままになんとなくやっていて、何か起こった際には主催者に責任が問われるという状況です。
サッカーと同様に救護態勢を整えたくても、まずはサーフィンをする医療従事者がいないとなかなか実現しにくいので、今は仲間を増やそうと努力しています。ほぼボランティアに近い形で携わっているので、余程サーフィンが好きでないと難しい。マイナーからメジャースポーツへの移行のためには、スポーツドクターに対する行政などの理解と予算も必要です。宮崎県サーフィン連盟の理事である中村さんの理解があって、サーフィンの大会などでメディカルチームを必要としていただけるのでわたしたちは動けますが、県や市の反対があったら動けません。
またもうひとつ課題があり、インターナショナルな大会では、ジェンダーレスの観点から、現場には女性のドクターが求められます。1週間試合のために職場を空けられる医者、さらに女性というとなかなかいません。今わたしたちは、サーフィンが大好きな女医さんを募集しているところです。
現時点では、サーフィン連盟の理事長が医学に興味があるのは、日本で宮崎県だけです。ISAの大会では、アメリカやイタリアの選手たちには、メディカルチームが同行するというシステムが確立されていました。
中村さん : ハワイでもオーストラリアでも、アメリカでもインドネシアでもない、宮崎スタイルを築いていきたいです。サーファーが子供の頃から安心してサーフィンをできる文化や環境を整え、二世、三世、四世たちがこの土地で育っていくことが目標です。
SFJ : 木崎浜サーフィンセンターの開設は、その大きな一歩になりましたね。木崎浜はとてもきれいなビーチで、県サーフィン連盟が呼びかけて定期的にビーチクリーンを行っているそうですね。日南の海岸でも長年ビーチクリーンはやっているそうですが、かなり漂流ゴミが目立ちました。せっかく素晴らしいロケーションなので、そこだけが残念です。
中村さん : 海外から流れてくる生活ゴミや波浪被害による漁業関係のものが、多く流れ着いてきているようです。実際にはビーチクリーンをしても、追いつかない状態です。ただ海に入る人間なら、みんながみんな諦めずに続けていかなくてはいけないと思っています。
SFJ : 宮崎は他県からのサーファーも多いので、ローカルとかビジターとか関係なく、海から上がったらゴミをいくつか持ち帰るというのが習慣になっていくといいですね。湘南でもそういった流れが少しずつ生まれてきています。あえてビーチクリーンという形でなくても、それぞれ個人がやっていくことでみんなの意識がつながるというような。サーフタウンとして一歩先を行っている宮崎が、そういった点でも何かを発信する土地になってもらえることに期待しています。お話をありがとうございました。
@日南
執筆者:山根佐枝
提供:Surfrider Foundation Japan