東京五輪のサーフィン競技会場となった千葉県一宮町は昨年12月、町内での迷惑行為を禁止する町迷惑防止条例を施行した。日本有数のサーフタウンとして知られる一宮町では年々、宿泊施設や民泊が増加。夜間に騒いだり、スケートボードで公道を走ったり、ごみを不法投棄したりする観光客と、地元住民との間で、軋轢が生じていた。
これまでは、いわゆる「ローカル」の住民らが直接、マナー違反を注意することが多かったが、根拠となる規則がないため、耳を傾けてもらえなかったり、トラブルとなることが少なくなかった。条例は、平穏な日常を守ろうとするローカルの「後ろ盾」としての役割が期待されている。
最大の特徴は、騒いではいけない「夜間」の時間帯を、法律より厳格な午後9時~朝6時に設定。対象は、週末サーファーら観光客だけでなく町民も含まれており、同様の条例は、少なくとも県内では初という。
一宮町は「世界サーフィン保護区」への登録を目指しており、馬淵昌也町長は「迷惑サーファーお断り」を標榜し、サーフタウンとしてのブランディングに力を入れる。条例の違反者は、町のウェブサイトで氏名を公表するという“罰則”も設け、周知徹底を図る考えだ。
宿泊施設は6年で4倍に増加
一宮町が東京五輪のサーフィン競技会場に決定したのは2016年12月だった。町によると、当時、町内の宿泊施設数は18軒、民泊数は0軒、飲食店数は40軒。その数は徐々に増えていき、五輪期間中は新型コロナウイルス禍に見舞われたものの、2022年度の宿泊施設数は78軒、民泊数は46軒、飲食店数85軒に激増した。
年間の観光客数は72万人前後で推移。人口も12,000人ほどで、ここ数年減っていない。高齢化は他の自治体と同様だが、移住者の増加が人口減に歯止めをかけている。町民の4人に1人にあたる3,000人がサーフィンに関わる暮らしをしているとされる。
コロナ禍では、リモートワークによるセカンドハウスとしての利用が増え、コロナ禍が明けると、インバウンドの外国人観光客が増加。一宮町都市環境課の担当者は「些細なことで敏感になってきた」と話す。
音楽、BBQ、スケボー、ペットに苦情
「音楽がうるさい」「バーベキューの煙が入ってくる」「スケボーで公道を走っている」「リードをつけずに犬を散歩している」
民泊利用者ら観光客と住民とのトラブルが起き、警察官が仲介することもあった。「注意をする根拠がほしい」と、町への規制を求める動きが強まったのは昨年4月以降。町内の行政区の区長、住民、町議、町職員らが話し合いを続けた。
既存の町環境保全条例は、工場や飲食店、カラオケ店などの騒音に対して刑事罰があるが、宿泊施設、民泊での騒ぎは想定しておらず適用できなかった。
新たな町迷惑防止条例では、町内にいるすべての人を対象に「騒音・振動又は悪臭、バーベキュー等により周辺の生活環境を損なうことのないよう努めなければならない」と定めた。条例文に具体的な記述はないが、音響機器の使用やスケボー、大声での会話などを想定している。歩行中や自転車をこぎながらのタバコやポイ捨ても禁じた。
国より1時間早い「夜間」を設定
さらに「夜間(午後9時から翌日の午前6時)においては、近隣の静寂を害する行為をし、又はさせてはならない」と明文化。国の環境基本法は夜間の基準を「午後10時から午前6時」としているが、一宮町では法律よりも1時間早く規制を設けた。
町都市計画課の横山千尋さんは「条例は、住民を含め町の中にいるすべての人が対象です。宿泊施設や民泊では、利用者だけでなく運営側の事業者も努力しなければいけません。営業しないでくれ、じゃなくて、静かにしてくださいということ。法律より早い時間にしたのは、朝が早いサーファーや高齢の方、農家や漁師さんも多いから。田舎だからこそのいいところもあるので」と理解を求める。
宿泊客のモラルを規制する条例が珍しいという背景には、一宮町ならではの特色もある。
・普段は静かだが、都心から近いため利用客が多い
・民泊は一軒家が多い
・サーファーが多いためスケートボード利用者も多い
・バーベキューなど外飲みできる場所が多い
隣接する白子町やいすみ市も同じような悩みを抱えており、一宮町の条例を参考にしているという。
住民も観光客も「妥協と我慢を」
条例の違反者に対し、町は罰金などの刑事罰も検討したという。刑事罰の導入には、他の条例との比較や整合性の検討が必要で、千葉地検との法的解釈の協議に3か月間以上はかかりそうだった。住民からは罰則強化よりも早く作ってほしいという要望が強く、町は住民の安心材料としての迅速さを優先し、12月議会で可決後、即日施行した。
迷惑をかける本人や事業者に対しては、町が3回注意をし、それでも聞かない場合は指導、勧告、命令を経て、最終的には町のウェブサイトで氏名を公表する。
ただ、横山さんは海沿いの一宮町に来て、羽を伸ばしたい観光客の思いも理解できると話す。
「都内でマンション生活をしていると、開放的な庭でBBQをやりたい気持ちは分かります。町へのニーズがあるから、セカンドハウスとか民泊とか増えたわけで、住民も我慢しないといけない。移住者が増えて税収が上がり、五輪のお陰で上総一ノ宮駅の東口もでき、町民にとっても便利になった。観光客と住民が、お互いうまくやっていける町にするため、来る人だけでなく、今住んでる人も対象の条例になった。お互い妥協しないと。五輪を経験し、一宮町を他にないものにしたいという思いは強い。いい町にしたい、また来たいと思ってもらえる町にしたい。そのための条例で、これができることの悪影響はない。お互いが、いい方向にいけると思っています」
「条例は最低限のルール」
海沿いエリアを多く抱える新浜地区の区長で、サーフショップ「サンライズ」を営む渡邊優一郎さん(49)は、マナーを守らないサーファーらを率先して注意してきた。「五輪が決まった後ぐらいから、歩きタバコなどが増えた。都会ではやらないことを、田舎に来て緩んでやってしまっている人がいる。警察は民事不介入だし、役所はお願いしかできず『騒いで何が悪い』と言われることもあった。条例は、人として最低限の秩序、ルール。悪い風潮をほおっておけば犯罪につながりかねない。小さい子供たちを守ってあげたい」
最近では、新たな民泊の建設計画があると、渡邊さんは区長として、近隣住民と一緒に業者との話し合いの場に立ち合い、運営方法への要望を出すなど、トラブルになる前に共存共栄を模索している。
新浜地区の中野正俊班長も「条例制定に向け、最初に声を上げたのが新浜地区だった。モラルの問題として、郷に入ったら郷に従えとの思いでやってきた。条例が実現し、自治会の存在意義を改めて感じる」と感慨深げだ。
新浜地区選出の篠瀬寛樹町議は「スローライフを勘違いしている人がいる。うるさいとにぎやかは違う。マナーが悪いのは一部の人たちで、ちゃんとしている人がほとんど。条例には町が調査できると書いてあり、これまでは、民泊のごみ捨てなどを取り締まる根拠がなかったが、これからは条例が後ろ盾になれる」と効果を期待している。
一宮町迷惑防止条例(条例第22号)
https://www.town.ichinomiya.chiba.jp/assets/files/yakubaannai/kokuji/R51214_22.pdf
(沢田千秋)