サーフィンが市民権を得ている国は世界中にどれだけあるのだろう?
サーフィン発祥の地と言われているハワイや、サーフィンが学校の授業に取り入れられ、新聞やテレビのニュースでも当たり前のように記事となるオーストラリア。
日本は2020年東京オリンピックで追加種目に選ばれたことで以前よりもスポーツとして認知されるようになったが、まだまだ娯楽として考えている人が多いと思う。
先日、五十嵐カノアが優勝した『Vans US Open of Surfing』の開催地、アメリカのカリフォルニアはどうだろう?
実際にサーフトリップに行ったことがある方なら分かると思うが、カリフォルニアでの海の風景は日本よりも遥かに「自由」
子供からお年寄りまで思い思いに海を楽しみ、スポーツを越えて文化として定着しているように感じる。
それは『Vans US Open of Surfing』の異常なまでの盛り上がりを見れば分かるだろう。
あの会場の熱狂が日本であるとすれば、それはサーフィンではなく、サッカーや野球なのだ。
そんなカリフォルニアから一つのニュースが届いた。
2018年8月20日、カリフォルニア州のジェリー・ブラウン知事がサーフィンを公式スポーツにするという法案に署名したのだ。
1885年、133年前にハワイからカリフォルニアに渡ったDavid Kawananakoa、Edward Keliiahonui、Jonah Kuhio Kalaniana’oleの3人のサーファーがノースカリフォルニアのサーフタウン、サンタクルーズでサーフィンをしたのが初めてと言われている。
1912年にはハワイのデューク・カハナモクがアロハの精神を伝えに初めて訪れた。
初期のカリフォルニアのサーフィンはサンオノフレ、LAから近いロングビーチやマンハッタンビーチ周辺が中心となり、1930年〜1940年に勢いを増して1950年頃には各ビーチにその輪が広がってきたと言われている。
1957年、キャシー・コーナーのマリブでの体験が小説「Gidget: The Little Girl with Big Ideas」(邦題『夏の終り)として出版され、50万部以上の大ヒットに。
ハリウッドが初めてサーフィンを扱った映画としても話題となり、マリブは映画に影響された人達で溢れ返った。
1966年にはカリフォルニア・サンフランシスコ出身のブルース・ブラウンが映画「The Endless Summer」を発表。
サーフィンのドキュメンタリー映画では異例の大ヒットとなり、「Gidget: The Little Girl with Big Ideas」と共にサーフィンの知名度を上げた。
マーヴェリックス、マリブ、リンコンを始め、世界を代表するポイントが点在するカリフォルニア。
1世紀以上もの間、この美しい海岸線ではサーフィンがスポーツとして文化として定着。
産業の面でも世界を代表。
多くの企業がここで生まれ、カリフォルニアを越えて世界中のサーファーに届けられている。
サーフボードのブランクスでは、世界のシェアの大半を占めていた「Clark Foam」
サンタクルーズでジャック・オニールによって発祥したウェットスーツ「O’Neill」
133年間のカリフォルニアにおけるサーフィンの歴史がこの法案によってより深いものになった。
そして、133年前には想像もしなかっただろう未来のウェーブプール、カリフォルニアのLemooreにある「サーフランチ」で9月6日〜9日にCT第8戦『Surf Ranch Pro』が開催。
カリフォルニアに新たなサーフィンの歴史が刻まれる。
(黒本人志)