バーチが作った「くぼみ」の秘密(世紀の大発明かもしれない)

いま一番イケてるサーフボードビルダーは誰?もし君がオルタナティブ系ならば、ライアン・バーチの名前はきっと外さないはずだ。

バーチのデザインコンセプトは、ちょっと「変」なかたちのボードが多い。しかし、彼自身がそれで楽しそうにサーフする映像を見ると「良いんじゃね」と思わずにはいられない。もちろん彼はサーフボード理論に精通しているから、奇抜に見えてもそれは理に適っている。例えば、そのまんまのスタイロフォームでサーフィンをしても、決しておふざけではなくプレーニング効率をちゃんと考慮した寸法にそれは裁断されているはずだ。非対称ボードもしかり、彼はサーフボードが波をサーフするときに、直進ではなくベクトル方向へトラバースしていることを考慮して、正対称よりも非対称が合理的な形状だと考えたのだろう。そのコンセプトが正しいことを、彼自身がインドネシアのビッグウォールで証明しているのは、みなさんもご存知のとおりだ。

ライアン・トーマス監督の映画「サイキックミグレーション」。バーチのチャプターは一見の価値あり via Volcom Stone Presents: Psychic Migrations

そんなバーチがレトロフィッシュを作った。それは彼にとって世界デビュー(たぶん)となった映画「サイキックミグレーション」(2015年)でのことだ。映画のなかで彼が作ったレインボーカラーのフィッシュは、超シックかつワイドなボード。一見してテイクオフはめちゃ早いだろうが、横っぱしりだろうと筆者は思わずにいられなかった。

だがそのボードで、彼はバーチカルなトップトゥーボトムのサーフィンを披露する。「ええっなんで~?」まるでトライフィンのショートボードでサーフしているみたいに、なぜ彼はオフザリップできてしまうのか。

その答えは簡単だ。ようするに彼はサーフィンがめちゃくちゃ上手いから、どんなボードでもリップしてしまうのだ。波だって最高だしね。しかし、そこになにか別のカラクリがあるのではと思った筆者は、そのボードを作るシーンへと映像を巻き戻してみた。すると「ピンポーン」ともう一つの答えを見つけた。フィッシュのアウトラインに変な「くぼみ」があるじゃないか!。センターからテイルの間がコカコーラの瓶のように凹んでいる。あのバーティカルなサーフィンの秘密が、ここにあるのかもしれないと「くぼみ」を深掘りしてみることにした。

仮説、コアンダとウイングの濃密な関係

バーチの「くぼみ」の謎を究明しようと調査を進めているうちに。日本が誇る企業ホンダが作った小型飛行機「ホンダジェット」に行き着いた。そのホンダジェットの機首が、じつはバーチのフィッシュのように「くぼみ」があることに筆者は気づいたからだ。ホンダジェットの機体はかなりユニークで、まるで空を飛ぶ「鶴」のような形状をしている。その大きな特徴が、機首から胴体にかけて「くびれ(くぼみ)」ていることだ。資料によると空気抵抗を減らすためにこの形状となったようだ。

コアンダ効果に着目したユニークな空力デザインを採用して、小型航空機に革命をもたらした「ホンダジェット」

じつは、このホンダジェットは他社と比べて最高速度や最高高度そして航続距離が優れている。機首のユニークな形状がその高性能の一役となっているのはもちろんだ。さらに調べていくと、流体力学ではその「くぼみ」をコアンダと呼ぶことを知った。コアンダは液体や気体が壁にくっつくように流れる現象をいう。コップの中の水をこぼそうと傾けると、コップに沿って水が伝う現象がそれだ。このコアンダを上手に利用すれば、乱流によって生じる抵抗などを減らす効果が期待できる。極限の空力特性が求められるレーシングカーのボディなども、風洞実験などでコアンダの効果を最大限に得られるようにデザインされる。

レーシングカーは、コアンダの効果によって効率的に空気抵抗を抑えている

さて、バーチの「くぼみ」をコアンダの効果と照らし合わせるといくつかのポジティブな現象が発生するようだ。一つはコアンダによって水の流れがスムースになって抵抗が減り、より高い速度を得られるということ。二つめは、レイルがコアンダによる水流に包みこまれて、波のフェイスにしっかりとホールドされる現象も起きるようだ。これを例えると、ロングボードのノーズライドで、レイルが水流でロックオンされるのと同じ原理だ。つまり「くぼみ」によってバーチのフィッシュは、理論上では加速性が向上し、クリティカルなポジションでホールド性も増すということになる。

バーチの「くぼみ」には、さらに別の効果も期待できる。それはウイングとしての役目だ。ウイングとはMRのツインフィンのようにテールエンドの両サイドがカットされるデザインのこと。その目的は色々あるが、テイルエンドの幅を狭くしてボードをコントローラブルにするのもその一つ。分かりやすく例をあげると、レトロフィッシュよりもMRタイプのツインフィンの方がバーチカルなラインを描きやすいが、それはテイルエンドの幅が狭いのが要因の一つだ。しかしレトロフィッシュのようにテイルエンドは広い方がプレーニング効率は高くテイクオフが早いし加速性も優れる。その二つの「いいとこどり」したのがバーチのくぼみと言えるのではないか。テイルエンドは広いからレトロフィッシュの特性を失わない、さらにレイルを傾けたときは「くぼみ」の分だけ圧が減るからレイルを傾けやすい、その結果、バーチカルにボードを波のトップへ向けやすく、トップではオフザリップで直下へ返しやすい。

クリティカルなポジションでホールドするライアン・バーチ!映画「サイキックミグレーション」より  

映画「サイキックミグレーション」が公開されてから10年近く経つが、バーチはこの「くぼみ」のあるフィッシュを”Squit fish”という名で今も作り続けている。つまり「くぼみ」から良いフィードバックを得られているということの証だ。もしこの「くぼみ」がポジティブな効果を得られるのならば、さまざまなサーフボードにも応用できるのではと筆者は飛躍して考える。しかし他のボードビルダーでこれを真似てみようする人があまり出てこないのはなぜか、ユニークすぎて懐疑的かそれとも保守的なのか。しかし将来、CT選手が「くぼみ」のあるサーフボードで世界チャンピオンになったりしたら、あっと言う間に普及するだろうなと妄想する。

さて、ここまでコラムにつきあっていただいた読者には恐縮だけど、今回のコラムは筆者の推測の域を出ていない。バーチに直接聞いてはいないし、コアンダ現象についても解釈が正しくないかもしれない。

そもそもこのモデルをじっさいにわたしが試したことがまだないのだ。しかし、バーチカルにリップできるレトロフィッシュがあったら最高だと思わないかい?まさにドリームボードだよね。



映画「サイキックミグレーション(監督ライアントーマス)」はYoutubeで公開中

Special thanks to Volcom, Honda Jet and Ryan Thomas

(李リョウ)

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