アンシンメトリーボードのメカニズムを深掘りすれば、バックサイドは改善するか?
(このコラムでは理解しやすくするために、左右対称を正対称と記しています)
なにかと気になる非対称ボード。かなり昔からあるアイデアではあるものの、主流とはなり得ていない。ところが、天才ボードビルダーのライアン・バーチが新風をこのデザインに吹き込み、ブライス・ヤングがそれに乗って大暴れ。ついにはサーファーズジャーナルも特集を組み、このデザインの前途に光明が見え出している。ということで、非対称は是か非かをサーフボードの基本原理から深掘りしたい。これを読めば苦手なバックサイドを克服するヒントになる…かもしれない。
サーフボードは船か
非対称のサーフボードを考えるときに、まず船についてもう一度考えてみたい。広い意味では、サーフボードは船の仲間に入る。ところが、サーフボードと船にはその目的に大きな違いがある。「船は平らな水面を進むため、サーフボードは水の坂を滑るため」。ここが決定的に違うところだ。
そこで、船の形をイメージしてほしい。船が正対称なのは直進するためだ。真っ直ぐ進めなければ船は役に立たない。だから船は左右を同じ形に設計する。
斜滑降=ターン=カービング
一般の船と違って、サーフボードが使われるのは傾斜のある水の壁だ。その坂でサーフボードはスノーボードのように『斜滑降』で進む。ちなみに斜滑降というのは、スノーボードでいえばエッジを使いながら横滑りすること。英語ではトラバースと言う。サーフィンもレイルを使いながら、斜滑降で波を進む。サーフィン中、サーフボードはほとんどこの斜滑降の状態にあると言っていい。
この斜滑降は別の言い方をすると『ターン』だ。ボードの、左右どちらかのレイルが波のフェイスに入って移動していれば、物理的にそれはターンをしているという事になる。これを『カービング』と言いかえても良い。『斜滑降=ターン=カービング』この三つは状況と呼び名が異なるだけで本質的には同じだ。
さて、船は直進するように設計されると前述した。しかしサーフィンは坂を斜滑降で進み、直進はほとんどしない。となれば、直進するようにサーフボードをデザインする必要はないということになる。つまり正対称でなくても良いわけだ。
「えっ?本当に直進することは考えなくて良いの?」という疑問が湧くかもしれない。いや、サーフボードも全く直進しないわけではない。その直進する状況を説明しよう。
直進する時間はコンマ数秒
サーフボードが直進する状況は、まずパドルだ。パドルのときは、船と同じようにサーフボードは直進する。それからホワイトウォーターで陸に向かって進んでいるときも直進だ。
あともう一つある。それはターンを切り替えるときだ。右ターンから左ターンに、左から右へとターンを切り替えるとき、サーフボードは一瞬だけ左右のレイルがフェイスに対してニュートラルになる。そのコンマ数秒だけ、波のフェイスに対してサーフボードは直進している。でもこれを直進と定義するか否かは議論が分かれるかもしれないが、それはまた別の機会にしたい。
「そんなことないよ、テイクオフして、ボトムに真っ直ぐドロップしているときは直進しているはずだ」と反論する人がいるかもしれない。ところが、その状況でも直進は一瞬で、すぐにレイルがフェイスに入る。レイルが入るということはターンしているということだ。例えばワイメアのビッグウェイブを考えてみよう。あの波はボトムへ真っ直ぐドロップするダイナミックなサーフィンで有名だ。一見は直線的にドロップしているように見えるが、よく観察するとサーファーは右のレイルをフェイスに入れてコントローしながらドロップしている。
「そんなことありません。僕は真っ直ぐサーフしてますよ」とロングボードで小波をグライドするのが好きなサーファーからも異論が起こるかもしれない。じつはそれもターンだ。たしかに直進しているようなフィーリングだろうけど、でもそれは「限りなく直進に近い斜滑降」で、レイルがフェイスに入り、ボードの傾きとフェイスの傾斜の調和によるトラバースだ。そのときサーファーは、無意識にカービングしていると言っても良い。
余談だけど、サーファーは横に真っ直ぐ走っているという「錯覚」の中でサーフしている。錯覚していても問題が起こらないから正す必要はないのだけれど、サーフィンは、横に進みつつ陸の方へも進んでいる。波を乗り終えてパドルバックするときに、テイクオフした場所を見上げればそれが分かる。
さてここまでの説明で、サーフボードは船であるけども直進はそんなにしないんだから、必ずしも正対称でなくても良いんだ。ということが分かったと思う。パドルさえ困らなければサーフボードは非対称でも問題ないということだ。では、サーフボードを非対称にする理由についてさらに深掘りしてみよう。
横乗りにとって、正対称ボードは非対称
サーファーには、バックサイドを苦手とする人が多い。サーフィンの神様ジェリー・ロペスでさえ「バックサイドは嫌い」と言わせるほどにバックサイドは手強い。ほとんどのサーファーはフロントサイドの波を求めるし、バックサイドでサーフィンはしないと宣言するサーファーまでいる。
フロントサイドとバックサイドは全く異なる世界だ。その原因は、正対称のサーフボードと人間の身体の構造によるところが大きい。
さて、正対称のサーフボードは、左右対称だから右にターンしても左にターンしても同じように曲がる性能を持つ。それは車のハンドルをどちらに回しても同じように曲がるのと同じだ。ただし、スキーのようにライダーが進行方向に正対していれば、左右どちらも同じ感覚でターンできる。
ところがサーフィンは、スノーボードのように横乗りのスタンスだ。横乗りだと正対称のサーフボードは、ある意味において非対称となってしまう。
したがって右のターンと左のターンは別物となるから、二種類のターンをサーファーは学ばなければならない。二種類のターンとは、体重移動で重心がつま先に掛かるフロントサイドターンと、重心が踵へ掛かるバックサイドターンだ。
バックサイドのターンが難しいのは、後方を振り向くようにターンをしなければならないからだ。しかも重心は踵寄りだから、足首の可動域もほぼ無いという窮屈(きゅうくつ)さがある。足首が動かないということは、膝も自由に使えないということで、苦手と感じない方が不思議だ。
それに対してフロントサイドのターンは自然の動きでほぼ完成する。前屈するように上体をひねり、つま先に重心が掛かれば、自然にターンが始まる。足首の可動域も使えるから窮屈さも感じない。
上の図はターンのときに起こる足首の可動域と重心をそれぞれ示したものだ。フロントサイド(青)のターンのときは爪先に重心があり足首にも可動域が生まれる。しかも前方へ倒れるようにターンするからこれは自然と身につくテクニック。
ところがバックサイド(赤)だと、踵に重心が移るために足首は固まってしまい、連動して膝も使えない。しかも後方を振り向くようにターンしなければならないので、このテクニックに慣れるまでには不自然さを感じ苦手意識が芽生えてしまう。その違いを補うために非対称の発想が生まれた。第一人者のカール・エクストロームはサーフィン中にこのアイデアに気づき、特許まで取得している。
非対称ボードの基本的なデザインは、後足踵からテイルまでのエリアをカットし、サイドフィンを前方へセットアップ。スタビライザーを追加するか、センターフィンをセンターから踵寄りへ外すやり方もある。
『ライダーが自然にサーフできるサーフボードをデザインするのが夢』カール・エクストローム
どうせカスタムで注文するならば…
これまでの説明で、「サーフィンはターンの連続で、非対称ボードの目的はバックサイドターンの改善」ということが分かっていただけただろうか。バックサイドを苦手としている人には、非対称サーフボードを一度は試してみることを勧める。必ず目から鱗が落ちるだろう。さらにすでにバックサイドのターンをマスターしているサーファーにも勧めたい。これまでのサーフィンの限界を超えたような驚きに出会うと保証する。だから、もしサーフボードを注文する予定があるならば、非対称を選択肢の一つとしてはどうだろうか。最後に一つ忘れないでほしいことが一つある、非対称ボードにはレフトハンダー用とライトハンダー用があるから、それだけはお間違えのないように…。
(李リョウ)