千葉県一宮町の一宮海岸で、ショート、ロングボードのポイント分けを促す取り組みが始まってから1カ月が過ぎた。五輪のサーフィン競技を世界で初めて開催したレガシーとして、活気あるサーフタウンを目指す一宮町だが、サーファーの増加に伴い、トラブルが多発。
特に、一宮海岸は大型駐車場とシャワーが整備されている上、有料道路から近いため、ビギナーからベテランまで通いやすいポイントで、負傷事故や警察沙汰も散見されていた。ロングボーダーの入水禁止エリアを設けたことで、海岸にはどんな変化がもたらされたのか。
ショートエリアにもロングボード初心者
6月上旬の土曜。一宮海岸のメインはオンショアの東向きの風。波のサイズは胸~肩ほどで、ビギナーが沖へ出るにはややハードなコンディション。朝10時ごろの駐車場は半分ほどが埋まっていた。
ロング、SUP可能エリアは、海岸中央のトイレから北側。この日は北側、南側ともに、それぞれの50人あまりが入水していた。南側の沖はショートボーダーの姿しか見えないが、インサイドには、ビギナーらしき、長めのソフトボードを持った人々がちらほら。禁止エリアということを知らないのかもしれない。
最北エリアはロングボーダーが主
一方、中央から北側はロング、SUPとともにショートボーダーも入水可能。中央トイレから一つ北側のT字形ヘッドランドまでのエリアには、どちらかというとショートボーダーが多かったが、上級者とみられるロングボーダーがピークでいい波に乗っていた。
そして、Tバー左側から、さらに沖テトラの北側にある通称「マグナム」ポイントまでは、波のサイズが一段階下がるため、初心者から上級者までロングボーダーが、狭いエリアにひしめき合っていた。その中でも、入水するショートボーダーが数人いたのは印象的だった。
GWと同時にポイント分け開始
ショート、ロングのポイント分けが始まったのは今年4月末。ゴールデンウイーク入りと同時だった。波情報サイトでの掲載や、一宮町内のサーフショップに置いたビラなどで周知している。
ビラには、それぞれのポイントを守ることやノーリーシュ、大人数での入水の禁止、ルールやマナー、ローカルの指導には従うよう要請。ビラの発行主は「一宮町サーフィン業組合・一宮ローカルサーファー」とある。
ポイント分けの経緯について、同組合の組合長で、サーフショップ「ナビゲーター」のオーナーであり、一宮町議会議長の鵜沢清永さんに話を聞いた。
蹴とばしたボードで大けが
Qどんなトラブルがあったんですか
初心者にも向いてる海岸だから、ロングを始めたばかりの人がインサイドでライディングの邪魔をしたり、リーシュの長さを把握していないために、ボードを飛ばして、他人にぶつけちゃったり。熟練ロングボーダーでも、スタイルだとか言って、ノーリーシュでボードを飛ばして、他人に大けがさせて逃げちゃうとか。もめごとやけが人が多くなったと、2、3年前から相談を受けていた。
Qどういう方々が相談に来たのでしょうか
ビーチクリーンをしたり、日頃から役場と掛け合ったりしているような一宮ローカルのみなさん。ショート、ロングの棲み分けを考えているんですけどって。そこで、一宮でよく入るロングボーダーにも声をかけて話し合った。
志田下と太東の事例を参考に
Qほかにも例があったのですか
(五輪会場となった釣ケ崎海岸の通称)志田下と(隣接するいすみ市)太東ポイントの棲み分けを参考にし、一宮のロングボードチームと話し合った。私が子供の時は、志田下もショート、ロングが入り乱れていた。ロングボーダーが、いったん反対側に振ってテイクオフする(フェイドターン)時あるでしょ? あれをショートボーダーは「こっちに来ると思ってテイクオフをやめたのに、いじわるされた」なんて勘違いしてけんかになってた。もう20年以上前に、志田下はショートがメインと決まった。
Q一宮海岸でも当時の志田下と太東のようなことが起きていた?
前乗りしたとか、しないとか、沖からロングが全部乗ってっちゃうとか。けんかになると、「じゃあ、お前もロングやればいいじゃん」とか、小学生みたいな不毛な争いが始まってた。
Qポイント分けの話し合いはすんなり決まったのですか
若い子たちは「何か言われますかね」と心配していたが、「何か言う人は必ず出てくる、反対はゼロにはならない、でも、楽しくサーフィンをするためには、分けた方がいい」と助言した。一気に浸透しなくても、少しずつ分かってもらえれば。せっかく海に来たんだから、全員に楽しく気持ちよく一日を終えてほしい。
増えるサーファー人口
Q一宮町を訪れるサーファーは増えていますか
増えていると思う。東浪見小学校は児童が150人いて、三分の一はサーファー。以前は廃校にして、一宮小と合併する予定だったが、移住者の増加とともに児童が増えて存続することになった。東浪見小はサーファーが通う学校としてブランド化しつつある。先日、県に対しても「一宮町は世界初の五輪サーフィン会場となり、町から立て続けに2人も五輪代表選手が出るのはすごいこと。盛り上げに協力してほしい」と要請した。熊谷俊人知事は「できるだけのことはやります」と応じてくれた。そういう意味では、海でもめごとが多発していると、県からの支援も受けづらくなる。五輪選手から初心者までいろんな人が来る海だからこそ、最低限のルール、マナーを守り、誰にとっても楽しい場所であってほしい。
鵜沢さんによると、ショート、ロングのポイント分けは、比較的うまくいっているという。
警察沙汰も発生
一宮海岸で、ショートとロング両方を楽しむ、地元の男性サーファー(43)は、一宮海岸ではないが、ボードコントロールできないロングボーダーが蹴り飛ばしたボードが脇腹に当たり、肋骨にヒビが入った経験がある。
男性は「2020年ごろから明らかにサーファーは増えた。以前は平日ならガラガラということもあったが、最近はまずない。新型コロナ禍で、リモートワークが推奨されたり、東京五輪でサーフィンの認知度が上がって、新たにサーフィンを始めた人や、以前やってて戻って来た人が増えている気がする。波の優先権などが原因でサーファー同士の大喧嘩が起き、海まで警察が来たこともあった」と話す。
メリットとデメリット
一宮海岸でのポイント分けについて、ショートボーダーとしては「ロングと波取り争いをしなくて済む。誰かが流したボードに当たってけがするリスクも、ショートボードの方が小さいと感じる」と、メリットを上げる。デメリットとしては「北側に入ったら、一宮海岸に来るすべてのロングボーダーが集まるので、けがのリスクは逆に上がるのでは」と心配する。
他方、ロングボーダーとしてのデメリットは、当然ながら「たとえ波がよくても南側に入れない」。そして、メリットは「思いつかない」と率直に打ち明けた。
ロングボーダー、SUPユーザーにしてみれば、一宮海岸で入れるエリアが半減したことになり、不満を持つ人も少なくない。代わりに、一宮海岸の北側では、ロングボーダーが大半という一宮町内にはこれまでなかった独特の雰囲気で波乗りを満喫する機会を得られるようになるかもしれない。ショートボーダーが北側で入る際には、エリア半減を受け入れて楽しむロングボーダーへの配慮も欠かせないだろう。
All photos by Chiaki Sawada
(沢田千秋)