筆者の巨大ヘルニア摘出手術(稲田医師提供)

女性サーファー、ヘルニア体験記(後編)サーフィンは腰痛を招くのか!?

巨大な腰椎椎間板ヘルニアを発見し、手術を決意した筆者。メスを入れるからには再発防止を徹底したく、サーフィンとヘルニア、腰痛との関係について、執刀医でありサーフィンの医学的研究の第一人者、稲田邦匡医師に根掘り葉掘り尋ねた。

(前編)に続き、手術の体験記と稲田医師のインタビューをお届けします。

全身麻酔で呼吸も停止

手術前日に食べたニラそば Photo:Chiaki Sawada

手術前、恐怖を感じていたのは全身麻酔。背骨の手術は完全に意識をなくして体の動きを止めないと、神経や血管の損傷リスクがあるため、局所麻酔ではなく全身麻酔で人工呼吸器を入れるという。つまり、手術中の私が動かせるのは心臓だけ。「半分、あの世じゃん」と慄き、全身麻酔から目覚めなかった時に備え、手術前日は好きなラーメン屋の暖簾をくぐった。

入院直後に右手の骨に沿って入ったプラスチック製の点滴針。入院中、地味に最も不快だったのが点滴 Photo:Chiaki Sawada

当日は手術の2時間前に入院した。手術着に着替え、点滴の針を入れ補液をし、手術室の前でストレッチャーに横になった。手術室で、点滴の管から麻酔が入る瞬間、「痛っ」と小さく叫んだ数秒後から記憶がない。

内視鏡を使った摘出術

筆者のヘルニアを摘出する稲田医師。うつ伏せで手術を受けたらしいが、もちろん記憶はない(稲田医師提供)

受けたのは、私のL5/S巨大ヘルニアに最適なMEDと呼ばれる内視鏡を使った手術。背骨に沿って縦に1.5cmの切り込みを入れ、執刀医は内視鏡が映し出す画像をモニターで見ながら、ヘルニアを取り出す。

手術は昼過ぎにスタート。1時間ちょっとで終わったらしい。ストレッチャーから入院用の個室のベッドに移される時、目が覚めた。執刀した稲田医師に、なぜか「いま何時ですか」と尋ねたが、喉が焼けるように痛く、自分の声がガラガラで驚いた。麻酔器の気管挿管で、喉に炎症が起きていたのだ。手術開始から2時間後のことだった。

瓶詰ヘルニアは1.7g

さらに1時間後、稲田医師から、取り出したヘルニアの瓶詰めを渡された。1.7gあったという。多いのか少ないのか、相場が分からない。ゼリー状の髄核に加え、固い塊もいくつか含まれていた。これは椎間板の表面の線維軟骨。稲田医師は「線維軟骨まで飛び出していたのは、ひどい状態。普通は柔らかい髄核だけ。固い物があったため神経の圧迫、痛みもひどかったのでは」と推察した。

手術で取り出された筆者のヘルニア Photo:Chiaki Sawada

手術当日は、右脚に痛みや痺れがあり、痛み止めを点滴したが、夕方には自分で歩いてトイレに行き、歯磨きもした。翌日以降、喉が痛く声は依然ガラガラだったが、脚の痛みはほぼなくなった。右足の裏に軽いしびれがあり、これは、手術中に神経を触ったことが原因と説明された。この痺れも2週間ほどでなくなった。朝起きてから寝るまで悩まされた脚の痛みは嘘のようになくなっていた。

私のヘルニアは相当大きかったらしく、4日間の入院中、看護師さんや看護助手さん、理学療法士さんら、会う人会う人に「ご自身も見ました? 大きかったですねー」と声をかけられた。院内でちょっとした話題になっていたようだ。

入院は4日間で、費用は約20万円

入院した個室。手前にはトイレもある Photo: Chiaki Sawada

手術当日の入院を希望し、入院期間は最短の4日間で個室を希望。傷口から血液などを出すドレーンが抜けるのが3日目なので、いくら調子がよくても、4日目まで退院はできない。その間、シャワーも禁止なので、手術を受けるなら真夏以外をお勧めする。

1日3食をしっかり食べて、毎日、院内でリハビリを受けた。1日2回、抗生物質の投与があるので、点滴針は術後3日目まで抜けず。キーボードを打つと、針が入ってる部位が痛いので、もっぱらAmazon Primeを鑑賞。全16話の長大ドラマを一気見できた。入院するなら、Wi-Fiが完備されている病院がいいと思う。

一口残らず完食した入院食。薄味だが、手術明けにはちょうどよかった Photo:Chiaki Sawada

入院、手術費の自己負担額は個室代や手術着など一部を除き保険適用の上、約20万円だった。アクサ生命の医療保険をネット申請すると、わずか数日で17万円が振り込まれた。迅速かつ簡便な保険対応に驚いた。

術後3週間でサーフィン復帰

退院後、1週間で抜糸。リハビリに通いながら、3週間後のゴールデンウィーク明けにはセミドライのウェットスーツを着て、サーフィンに復活できた。腰~腹サイズの波で、普通にテイクオフできた。サーフィン復帰後しばらくは、左腰に筋肉痛が出た。痛い右脚をかばってパドルする癖が残り、左腰に余計な力が入っているようだった。

手術前までは、右脚の痛みが強かったので、気づかなかった癖。リハビリの理学療法士に相談しながら、パドル時に腹筋に力を入れたり、サーフィン後にストレッチやマッサージガンでほぐすなどし、じょじょに改善していった。とにもかくにも、稲田医師が執刀した患者の中でも、サーフィン復帰は最速レベルだったという。

手術翌日、ガーゼ交換時の手術痕。血液を出すドレーンが入っている Photo:Chiaki Sawada

術後の復帰が早かった要因について稲田医師は、以下3点を指摘。

  • 脊柱管が広い
  • 痩せているので腰椎への負担が少なく、脂肪が少ない分、ヘルニア摘出が容易
  • ヨガなどのおかげで柔軟性が高い

脊柱管が広いことなどは運が良かった。日頃の不摂生や太っていることで、術後の経過を悪くすることは、稲田医師の経験則でも言えるらしく、これは心掛けておきたいところ。

「サーフィンはヘルニアの直接要因ではない」

では、ヘルニアの罹患とサーフィンは関係あるのか。私がヘルニアを患った要因について、稲田医師は以下3点を挙げた。

  • 生まれつき全身の関節が緩い
  • 筋力不足(特に体幹)
  • 骨格的に腰椎の一番下の椎間板のある場所が不安定

サーフィンで体幹は人並みに鍛えられていたはずだが、それまでの人生が運動不足だったようだ。腰椎の安定性を保つ筋力がないため、若い頃からぎっくり腰を繰り返し、ヘルニア発症を防げなかった。

神経根を圧迫していた筆者のヘルニア(稲田医師提供)

サーファー2000件のデータ

稲田医師は10年間、JPSAの試合に帯同し、日本初のサーフィン外来を開設。2000件のサーファーの傷病データを持っている。その経験を踏まえ、「国内で、サーフィンは長らく競技スポーツとしての研究や選手の医学的サポートが乏しい環境にあったため、独自に研究を進め、論文も発表してきた。他の競技と比べても、サーファーが腰椎椎間板ヘルニアにかかる割合は高くない。サーフィンがヘルニアの直接の原因になっているとは考えにくい」と話す。

サーフィンに伴う一般的な腰痛は「筋疲労が原因」だという。

東京五輪サーフィン競技の医務室で活動する稲田医師(本人提供)

プロサーファーの7割が腰痛もヘルニアは稀

2009年、稲田医師がプロサーファーを対象に行ったアンケートでは、ロング、ショートを合わせた全選手のうち、36%が強い腰痛、34%が軽い腰痛を訴え、計70%が腰に問題を抱えていた。にもかかわらず、ヘルニアはほとんどいなかった。

「バレーボールやウエイトリフティングなどの際にヘルニアを発症する例は多いが、プロサーファーの間で、重篤な椎間板ヘルニアは、きわめて稀だった。サーフィンは水の上で行う競技なので、腰部への荷重負荷が水面で吸収され、負担は他の競技に比べ少ない。サーファーの腰痛は、パドル動作による腰背筋の疲労が原因とみている」(稲田医師)

稲田医師がプロサーファー対象に行った腰痛に関するアンケート(本人提供)

稲田医師は、サーフィン時のそれぞれの動作の時間配分と体への影響についても、まとめている。

パドル5割、波待ち4割、ライディング1割

サーフィンしている間、40~50%の時間はパドリングにあてられているという。腰椎椎間板への圧力は少ないものの、長時間のパドルが腰背筋群の筋疲労、筋緊張をもたらしている。35~40%は波待ちで、体への負担はほぼなし。5~10%はライディング。これはテイクオフとマニューバーに分けられ、テイクオフ時は、重力に抗う動きと腰の伸展から屈曲への素早い転換が起き、マニューバー時は、腰への荷重は水で減衰されるが、腰部、股関節の屈曲と回旋運動が負担となる。

長時間のパドリングが腰痛の主要因ではあるものの、ライディング時でも、股関節を曲げて、後ろ足で踏み込む動作、後ろ足を内側に折って踏み込む動作、体の屈曲や回旋によって、股関節周囲筋の過緊張を引き起こし、筋筋膜性腰痛症という腰痛を発症する。いずれにせよ、疲労の蓄積が原因だ。

サーファーズ・バックの症状も腰の「張り」

若かりし頃のダレン・ターナーの写真を引用し、サーファーズ・バックについて説明する資料(稲田医師提供)

また、稲田医師は長期間、競技レベルのサーフィンを続けた人によく見られる胸腰椎部の慢性障がい「サーファーズ・バック」の存在を提唱してきた。

立ち姿を横から見ると、背骨の湾曲が強く、胸椎は後方へ、腰椎は前方へ大きく反り、骨盤が前傾しているのが特徴だ。主な症状は腰背部の「張り」で、ヘルニアの症状(坐骨神経痛など)は少なく、ヘルニアの誘因にはならないというのが稲田医師の見解だ。そのため、サーフィンは他の競技に比べて、ヘルニアの手術後の復帰も早い傾向があるという。

「腰痛の原因はサーフィンなどによる疲労。毎日海に入ったり、一度に3、4時間入った後、ケアしてますか? 例えば、球技は必ずクールダウンやケアをする。サッカーや野球、バレーボールなどチームプレーはトレーナーがいることが多いけど、個人スポーツだとなかなかやる機会が少ない」(稲田医師)

15年前、プロの5割は体のケアに無関心

15年前のアンケートでは、プロサーファーに身体管理を行っているか尋ねたところ、なんと51%が「いいえ」と回答。トレーニングも54%が「行っていない」と答えた。

稲田医師は「サーフィンはもともとカルチャー色が強く、スタイルなどが重視されてきた。先輩がタバコ吸ってるから、オレもとか。大野修聖さんらスポーツ競技者としての先駆者がいたおかげで、今では、プロサーファーも陸でのトレーニングやコンディショニングを重視するようになった。やっとサーフィンも競技スポーツになった証拠」と喜ぶ。

稲田医師が「競技者としての意識が先駆的だった」と語る大野修聖 PHOTO:WSL/Bielmann

昔はカルチャー、今はスポーツ

サーフィンをしていて、私のようにヘルニアになることは稀で、恐れる必要はないとのことだった。しかし、サーフィンに腰痛はつきもの。単なるカルチャーではなく、スポーツとして、一般サーファーも体のケアに力を入れていきたい。

筋疲労が原因となる腰痛の予防について、稲田医師は「トレーニングで様々な部位の筋力強化を図るばかりでなく、腸腰筋・殿筋群・ハムストリングス・大腿四頭筋などの股関節周囲筋の柔軟性を高めることが大事。肩甲帯や胸郭の固さも悪影響がある。一般サーファーも、サーフィンのためのリカバリー、コンディショニング、ストレングスを心掛けてほしい。プロの場合は医療従事者やトレーナー、コーチらとの連携も不可欠」と話す。

足の痺れ、疼痛などヘルニアが疑われる症状や、サーフィンを続けられないほど痛みがある時は「競技スポーツとしてのサーフィンを熟知している医師や理学療法士の元へできるだけ早く行くべきです。分かっていない人からは、筋トレばかり指導されることもある。きちっとした知識を持ったところで診察を受けてほしい」と要望する。

筆者に処方された大量の痛み止め薬など Photo:Chiaki Sawada

「できればメスは入れない方がいい」

稲田医師は整形外科医だが、「ヘルニアでも、できればメスは入れない方がいい。ガンとか命に係わるもの以外は基本的には切らない方がいい。保存的治療で、自然治癒力を高めて病気やケガを治し、かつ予防することが最も望ましい」と、率直に語る。

一方で、手術のメリットとして「病気の根治のみならず、手術の経験により自分の体に対する意識が向上し、ケアや筋トレなどをするようになる。手術方法も進歩し、より小さい傷で済むことが多い。大事なのは手術を受けるタイミングであり、手遅れになる前にきちんと診断を受けることが望ましい」と助言した。

ビタミン Sea !?

もう一つ、自身も千葉南の海沿いに暮らし、サーフィンを楽しむ稲田医師は「サーファーはできるだけ早く海に返す」をモットーにしている。「サーフィンをしない医師には分からないことだが、サーファーは海に入らないとどんどんメンタルが落ちて自然治癒力も落ちていく。海に入ることで脳内麻薬のβエンドルフィンが分泌されて免疫力が高まり、自律神経が刺激されて身体活動が良好になってガンなどの病気にかかりにくくなりケガの治りも早くなる。これが『Vitamin Sea』なんです」

手術から4カ月。サーフィン後は、特に殿部に筋疲労を感じるので、念入りにストレッチをするようになった。術前、毎日悩んでいた脚の痛みは、今や皆無。私は術後経過が極めて迅速かつ良好だったが、かなり運が良かったかもしれない。

今夏も宮崎トリップを楽しむことができた Photo:Chiaki Sawada

手術なしに活躍するプロも

例えば、プロサーファーの鈴木仁選手は14歳で腰椎椎間板ヘルニアと診断されたが、18歳の時、「いい出会い」があったという。宮崎の整体師を紹介され、2週間毎日通い、治療とトレーニングを受け、痛みをコントロールする術を身に着けた。今でも、手術を受けず試合で活躍している。

「メスを入れるのはアスリートとしてしたくなかった。傷を入れると体のバランスや筋肉が崩れる気がしたので、手術やブロック注射は避けた。ヘルニアは完治していないが、自分の体を理解し、どうすれば痛みが出るか、わかるようになった。痛かったころはメンタル的にもきつかったが、宮崎での出会いで成績も残せるようになった。若い頃からケアすることが選手生命の維持につながる」(鈴木選手)

手術には当然リスクがある。痛みが取れないケースや再発、麻酔の後遺症など、ゼロではない。それらを理解した上で、保存的治療か、注射か、手術か、みなさんが最良の選択をするため、この体験記が参考になれば幸甚に思う。

サーフィンに伴う症状に悩んだ時は、JPSA メディカルチーム「CURE」のサイトで、サーフィンに詳しい医師を調べることができる。

CURE
https://www.jpsa-medical-team.com/

(沢田千秋)

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