「中国とサーフィン。一見この両者ほどかけ離れている存在はないだろう。しかし、中国王朝歴史を掘り下げれば中国では“波に乗る”という行為は1200年も前から様々な形で行われていたことがわかる。」
そう語るのは最近出版された中国の波乗りの歴史をたどる本『Children of the Tide』の著者ニコラス“ニック”ザネラ氏。1200年前の中国での波乗りはいったいどのようなものだったのか、その知られざる歴史をどのように解き明かしたのか、著者の紹介と共に見てみよう。
著者について
『Children of the Tide(直訳:潮汐の子どもたち)』の著者、イタリア出身のニック・ザネラ氏はヴェネツィアの大学で中国語を勉強し、90年代には通訳者として活躍。同時にサーフィンにも熱意を注ぎ、2000年代はイタリアのサーフィン雑誌『Surf News』の編集に携わった。
その後「サーフィン」と「中国」への情熱に導かれ、中国・海南島に移住。今ではサーフィンの世界大会が開催されている海南島だが、当時は近代的なサーフィン文化が根付いておらず、未開拓の波が乗り放題だったと言う。ニック氏は中国でサーフシーンの第一人者になり、一時中国代表チームのコーチも務めた。最先端で活躍しながら、中国の歴史にも興味を持ち、「波に乗る」という行為のルーツを探る旅に出た。
中国の波乗り歴史を調べるきっかけについて
「2006年に中国南部の海南島からチベットにあるエベレスト山のベースキャンプまでの旅に出た。途中いくつかの仏教の僧院に立ち寄ったのだが、海岸から600キロほど離れた混迷市(雲南省)では筇竹寺という禅宗寺院に引き寄せられた。それはインドからシルクロードを通り、中国に入って最初の僧院なんだが、中に入ると、驚くべき光景を目の当たりにした。
大きな浅浮き彫りの彫刻には30人ほどの人物が神話上の動物に乗って、大きな波に乗っていた。中央にいる人物に目をやると、現代のサーファーさながらのスタンスで魚のようなボードに乗ってストークした満面の笑みで波に乗っているのではないか?!
浮き彫りの作成は1880年。サーフィンがポリネシアから西洋に渡る数十年も前だ。つまり、これはポリネシアとは全く異なる波乗りの起源だということになるわけだ。僧院の導師に話を聞いたところ、現代のサーフィンについては全く知識がなかったが、浮き彫りに映っていた活動は“弄潮儿(弄潮児)”と教えてくれたのだ。」
―ニック・ザネラ
中国の波乗りの歴史をたどる
導師の情報を頼りに、ニック氏は「弄潮児」の正体を明かす旅に出た。10年間の探求の結果、杭州市を流れる銭塘江と言う川を逆流する「Tidal Bore」にたどり着いた。満潮時に川が逆流することで発生する現象で、日本語では潮津波または海嘯と呼ばれる。川の逆流により波が発生する現象はアマゾン川の「ポロロッカ」が最も有名だが、イギリスのセヴァーン川など世界で80程の河川でも見られる。銭塘江の「Tidal Bore」は大潮時に5メートルの高さにもなり、世界最大級だ。
ニック氏は大学で中国の歴史を専攻していた妻の力を借りながら古い文章を解読し、最も古いものでは9世紀頃にこの波に乗る行為と思われる記述を発見した。
「弄潮児」の最盛期は宋朝(960~1279年)だったという。当時の杭州は世界で最も栄えていた町のひとつで銭塘江の波に乗ることはその王朝の娯楽のために行われていたそうだ。
朝廷の文章によると中秋の祭りで「何百もの短髪で刺青の入った男が巨大な波に向かい、白波と踊りながら何百と技を披露し、皇帝を喜ばせた」。 定期的に来る波は大潮時には氾濫することもあり、周りの土地に大きな被害を与えていたそうだ。「弄潮児」がその危険な波に身をささげることで「潮の神(別名:ドラゴン・キング)」の怒りを鎮めることができたという話もある。
行事以外にも波に乗る行為「踏波」は広く続けられていたようだ。潮汐によって発生する波は1日に2回起こるが、波乗りをするのに十分な大きさになるのは1年の内100日ほど。「シルバー・ドラゴン」として知られるようになった波は多くの場合は1~2メートル程度で多くの「弄潮児」に楽しまれていた。しかし、危険も伴い、死者が出ることも少なくなかったようだ。それもあり、一時禁止されたものの、隠れて1980年代まで続ける人がいたらしい。
いったん絶えた歴史を復活させようと、2007年にニック氏率いるヨーロッパ中心のサーファーが「シルバー・ドラゴン」に乗ろうと試みたが、警察に止められ、危うく強制送還されそうだったとか。その後は規制が緩和され、2013年にはレッド・ブルがシルバー・ドラゴンで近代初のサーフィン大会を開催した。
サーフィンの由来は多様だった
サーフィンはポリネシア、中でもハワイに由来していることは通説だ。今回の中国の例以外にも、ハワイのサーフィン文化が西洋に渡るはるか前から世界のあちらこちらで波に乗る行為がされてていたことがわかってきた。
3000年前(人類がポリネシアたどり着く前)にペルーでは漁師が海から戻るときに葦のいかだにまたがり波に乗っていたという歴史もあり、日本でも漁師が船の板を外してボディーボードの要領で波で遊んでいた「板子乗り」も昔からあったようだ。
文政4年(1821年)、現在の山形県で子どもが瀬のし(板子乗り)をしていたと記録されていて、開国後、明治中期ごろから日本に海水浴の習慣が持ち込まれたことで広く親しまれるようになり、日本で「サーフィン」が始まった1960年代以前、全国各地で行われていたようだ。
一般的に「サーフィン後進国」と思われていた中国だが、ニック氏の新著で中国における新たなサーフィンの歴史が明らかになった。中国は、五輪競技としてサーフィンが採用されたことにより、国としてサーフィン強化を進めているとも言われているが、今回の発見が中国におけるサーフィンの更なる発展に繋がるのかもしれない。
(ケン・ロウズ )
『Children of the Tide : an exploration of surfing in dynastic China』はKindle版またはペーパーバック版で購入できる。