コロナ禍でテレワークなどにより海沿いエリアへの移住者も増え、注目をあつめているサーフィン。
サーファーが集まることで生まれる経済効果を算出した“サーフォノミクス”という概念が提唱され、今では町の開発やサーフポイントの保全にも役立っている。商品の購入による経済効果は測りやすいけれど、サーフポイントが存在することで地域への経済効果は?もっと言えば、波1本1本の価値は?サーフォノミクスの概念と具体例を探ってみた。
サーフィンの経済効果を測る「サーフォノミクス」とは
全世界にサーファーは約3,500万人いると推定されていて、商品の売り上げだけで1兆円相当あると言う試算もある。日本有数のサーフタウン、千葉県の一宮町はサーフィン目的での来訪者を年間60万人としている。そのサーファー達が町に来ることによる経済効果について、同町は2016年度に「一宮町サーフォノミクス調査」を行い、年間32億円と試算したと以前の記事でも紹介している。
では「サーフォノミクス」とは具体的に何を測っているのだろうか?
一般的な経済効果の概念をサーフィンに当てはめると、サーフボードやウェットスーツの売上、海まで車で行く時のガソリン代や駐車場代、サーフツーリズムに伴う観光関連の売上、それらのメーカーや関連企業の売上などを含めることになる。とにかく僕たちが日々「あぁサーフィンって意外にお金がかかるな~」と思うものが、「経済効果がある」ということになる。
しかし、最も単純な行為としてのサーフィン、つまり波に乗って楽しむこと自体はお金がかからない。ではそれは経済効果がないということなのか?勿論そんなことはない。
この「波そのものの価値」や「サーフポイントがあることで生まれる波及的な価値」を数字で表そうとしたのが「サーフォノミクス」という概念だ。UCLAで環境科学と工学の博士号を取得したChad Nelsonが提唱したと言われていて、彼は今国際環境NGO Surfrider Foundationの代表を務めている。
波はタダ=経済価値がない?
例えば、山でスノーボードをするときは1日5000円のリフト券を買うし、ゴルフをするときはコース利用料など諸々含めて1日15000円程をゴルフ場に払う。スノーボードやゴルフの経済効果を計算するときは、もちろんこの金額を含めて計算される。
では、お金のかからない海で行うサーフィンという行為に経済価値はないのか?答えはもちろん否。ゴルフやスノーボードと同じように、サーフィンという行為自体にだって経済的な価値はある。だが問題はどのようにその価値を測るのか?ということだ。
そのヒントとなるのが「消費者余剰」という考え方。消費者余剰とは、消費者(この場合はサーファー)が支払っても良いと考えている価格(支払意思額)と、実際に払っている価格との差のことで、実際サーフォノミクスの計算を行う際にも取り入れられている。
カリフォルニアのトラッセルズで行った試算では、消費者余剰が1人当たり1回の訪問で$138。つまり、サーファーが1回トラッセルズを訪れるごとに、ガソリン代など実際に払っている金額よりも更に$138ドル払ってもよいと考えているということだ。
あなたは一番よく行くポイントで1セッション当たりどのぐらいのお金を払ってもいいと思う?少し遠くても、波が良くて、人も少なかったらどうだろう?人によってその答えは様々だけれど、市場価値の目安は最近流行りのウェイブプールから得られるのかもしれない。
ウェイブプールで波の価値を算出
では、波一本の市場価格はいくらぐらいだろうか?今、世界中で営業している主要な本格ウェイブプールを選んで、上級者設定での利用料の平均を比較してみた。
BSR Surf Resort, Texas:2018年5月、アメリカテキサス州ウェーコにオープンしたアメリカン・ウェイブ・マシン社の造波装置「パーフェクトスウェル」を使用したウェイブプール「BSRサーフリゾート」。エキスパートコースは1人95ドル~。かなりハイパフォーマンスな波で平均して1時間当たり16本乗れる。波1本あたり約6ドル。
静波サーフスタジアム, 日本:2021年8月に静岡県牧之原市にオープンしたウェイブプール。造波装置はBSRと同じくAWM社のパーフェクトスウェルを使用している。オープン当初で公開していたエキスパートコースやバレルコースは1人9,900円。1時間のセッションで平均して1人当たり9~10本乗れる。波1本あたり990円。
Urbnsurf, Australia:サーフィン大国オーストラリアのメルボルンにウェイブガーデン社のザ・コーヴの造波装置を使用して誕生したウェイブプール。バレル、ターン、エアリアルがあるハイパフォーマンス設定あり。上級者向けコースは79~89豪ドル。1時間のセッションにつき平均10~12本乗れる。波1本あたり約8豪ドル。
WavePark, 韓国:韓国のソウルから南に1時間程進んだシフン市に誕生したウェイブガーデン社のザ・コーヴの造波装置を使用したウェイブプール。上級者向けコースは80,000ウォン~。1時間のセッションにつき平均10本程乗れる。波1本あたり約8,000ウォン。
Kelly Slater Surf Ranch, California:唯一CT大会に採用されたウェイブプール。45秒と足がガクガクする長さだが、良質な波を求めるなら1日に120本しか作れない。値段は公表していないが、噂では1日貸し切りが当初のピークシーズンで約770万円。10人で貸切ると1人あたり約77万円で12本乗れる。1日のセッションを8時間とし、1時間単位に換算すると、1人1時間当たり96,000円で乗れる本数はなんと1.5本しかない。波1本の値段は6万円超!
比較のために、メンタワイでのボートトリップを計算してみる。相場はだいたい10日間で1人25万円~だろう。毎日2セッション、2時間ずつサーフィンできたとしたら、1時間当たり6250円の計算となる。サーフランチはさておき、他のウェイブプールとは似たような金額感だ。
ちなみに、西オーストラリアの若手プロ、ジャック・ロビンソンが大会中にコンペティターに「その波を譲ったら300ドルあげる!」と言ったことが話題になったが、速攻で断られたと言う。それを聞いたコメンテーターの間に波の価値について議論が始まり、その波1本で4000ドルぐらいの価値があるのではないかと言う意見も出た。
サーフポイントがあることで生まれる価値
サーフォノミクスは、上記のような波に乗ることの価値や、サーフギアや、車などの足代といった直接的な経済効果のほかにも、サーフポイントが存在することによるサーフツーリズムや不動産の価格変動なども加味している。
ハワイのノースショアやインドネシアのバリ島など、サーフツーリズムを中心に発展してきた地域ではサーフィンによる経済効果は一目瞭然だ。サーファーは宿泊施設や飲食店だけでなく、タクシーやガイド、観光や他の体験アクティビティにもお金を落とす。
また、サンタクルーズでサーフィンが家の販売価格に対する影響を調査したところ、近隣の環境や生態系が地価などに与える影響を計算するHedonic Pricing Model(=快楽価格モデル)を用いて、サーフポイントの近くにあるビーチハウスはサーフポイントから遠い同様な物件より何十万ドルも高いことがわかった。
サーフポイントの保全にも活用
サーフィンの経済効果を示す「サーフォノミクス」は、今までにサーフライダー・ファンデーションなど環境系のNGOによって環境保全のために使われてきた。観光や資源開発などによってサーフポイントに悪影響が懸念されるときに、そのサーフポイントの経済的な価値を数値化することで保全する重要性を強調できる。
実例として、プエルトリコのリンコーンでコンドミニアムの建設によってサーフポイントの存続が危ぶまれた時、サーフライダ・ファンデーションが主体となってアセスメントを実施。世界各国からのサーファーがもたらす経済効果を強調して、開発を止めることに成功し、さらに海岸を守るために海洋保護区に指定された。
サーフポイントの保全を目指すサーフィン保護区を立ち上げたSave The Waves Coalitionもサーフィンによる経済効果のデータを収集して、サーフポイントの保全に活用している。そのサーフォノミックスのデータが行政や地域の政策にも反映され、サーフポイントの環境的、文化的、経済的、そして地域的要素を保全する役割を果たしている。
サーフィンには市場価値以外に、多くのサーファーが得ている健康面や精神面の効果も知られている。それは価値を数値化するのが難しい。
サーフィンのために移住する人もいれば、その同じ波に乗るために遠方からお金をかけて訪れる人もいる。いずれの場合も経済効果が生じ、サーフポイントは持続可能な自然資産として価値があることがわかる。
サーフポイントの価値を数値化する動きが世界中で進めば、行政や企業はサーフポイントの保全やエリアの発展に取り組みやすくなるのではないだろうか。
ケン ロウズ
参考記事
Surf economics: what is the value of a wave?|SurferToday
Jack ‘Three-Hundo’ Robinson Wins Surf100 North Point|Stabmag