東日本大震災から11年。復興は道半ばだが、地元の大会の枠を超え、2018年にはいわき市・四倉で『東日本サーフィン選手権大会』が行われた。2019年には南相馬市の北泉海水浴場の一般利用が再開し、同年にJPSA大会、2021年には『全日本サーフィン選手権大会』など全国レベルの大会が開催された。
そんななか昨年4月に日本政府は福島第一原子力発電所の処理水を海洋放出すると発表。政府は「海水浴やマリンスポーツは問題なく行える」と説明している。地元サーファーらは一定程度理解は示しているものの、複雑な本音も見え隠れする。処理水対策の現状と、様々な方面からの意見をまとめた。
2023年春から処理水の海洋放出が開始「サーフィンは問題なく行える」
現在、福島第一原発では1日140トンのペースで放射性物質を含む汚染水が発生。この汚染水を浄化処理したものを、福島第一原発敷地内のタンクに貯蔵しているが、タンクはまもなく満杯になる見通し。
そのため、政府は昨年4月に、この処理水を「海洋放出」で処分するという方針を決定した。2023年春にも海洋放出を始めたい考えを示している。
大半の放射性物質は基準値以下まで浄化された状態で放出されるが、「トリチウム」と呼ばれる物質は残留する。トリチウムは元々海水などの自然界に存在することや、放出時にはトリチウム濃度を基準値以下になるまで十分に薄めることから、政府は「近辺の海岸でもサーフィンや海水浴は問題なく行える」と説明している。
政府関係者らがNSA大会などで説明
政府はこれまでに、自治体や農林漁業者、観光業者など、風評被害を受け得る人々との意見交換を行ったほか、サーフィンをはじめマリンスポーツ関係者の理解も得ようと連携を進めている。
昨年には、いわき市・四倉で行われた日本サーフィン連盟(NSA)主催「第38回全日本級別サーフィン選手権大会」や、南相馬市・北泉で開催された「第55回全日本サーフィン選手権大会」に経済産業省がブースを設置。来場者に向けてパンフレットの配布や模型を用いた説明を行った。
級別のライブ配信にも登場サーファー達の意見
上記のような取り組みもあって、当初反対していた地元サーファー達も徐々に理解を示しているものの、「できれば流して欲しくない」「何故今なのか」と本音では複雑な思いも抱える。依然として風評被害への懸念は強く、県外はもとより、地元内での風評が、子供たちの遊び場を奪うことにならないかと心配する声もある。
・サーフショップ「サンマリン」オーナー 鈴木康二氏(北泉)
「できれば流してほしくないというのが本音です。安全面では影響がなかったとしても風評が心配。震災後も、数値上は問題がないのに“危ないから”と海に入らない人が沢山いました。2019年に北泉の海水浴場が再開してから、この2~3年でかなり人が戻って来ました。せっかくここまで戻って来たのに、(処理水を流したら)若い親が子供たちに海に入らせるか、二の足を踏ませることにならないか、と心配です。」
・日本サーフィン連盟 福島支部長 猪狩優樹氏(いわき)
「国が決定しちゃっていることなので、流すのは仕方ないにしても、風評をどうにかしてほしいですね。」
「この2~3年、オリンピックやコロナ禍のアウトドアブームもあり、福島のサーフシーンはかなり盛り上がってきました。震災後、お店(GLORY SURF)の大会から始めて、2018年の東日本、去年は級別&全日本と、徐々に全国レベルの大会を行うまでになりました。全国レベルの大会では、多くの人が県内に泊まったり飲食をするので町のサーファー以外の人も潤っています。」
「サーフトリップに来る人も増えていて、関東圏はもちろん、コロナ禍の前は中国や韓国からのお客さんも来ていました。せっかくこうして盛り上がってきた福島のサーフシーンに対して、処理水を流すことで風評被害が起きることだけは何とかしてほしいです。」
「それから、この2~3年の一番の変化は、キッズサーファーが凄く増えたことかもしれません。福島にもようやく親子サーファーが出て来ました。もし、地元の親で“やめときなさい”という人が出てきたら、子供たちのフィールドがなくなってしまう。もしそんなことが起きたら、それが一番つらいですね。」
・日本サーフィン連盟 事務局担当者
「処理水の海洋放出について、NSAはあくまでも競技団体なので賛成反対は控えますが、県内で開催した大会で経産省が配っていたチラシは、サーファー目線でかなり突っ込んだ内容だなという印象でした。」
「2021年は、震災後初めて、福島県内でNSA主催の大会を2つやりました。福島支部は前々から誘致をしていましたが、色々な声がありなかなか前に進めなかったのが事実です。でも、国や自治体は線量を測っていて、風評を払拭するために頑張っている。数値だけ見たらどこよりも綺麗なこともある。私達としては、公的な数値が問題なければ止める理由がありません。
はじめはよく分からずに反対していた人も、きちんと計測して問題ないということを説明すると、ほとんどの人は理解してくれました。大会参加者も反対するような人はほぼいませんでしたね。大会会場として、福島の環境はものすごくいい。波はギャランティで、設備も整っている。大会をやらないのは勿体ないくらいです。」
・サーフライダーファウンデーションジャパン(SFJ)
2021年4月、日本の海岸保護活動をしているSFJは、他に方法がなく海洋放出が現在の技術ではもっとも合理的な方法だとして「原発処理水の海洋放出に対して反対声明を出しません」との立場を表明。自発的な水質調査活動に対して10万円の助成金を支給することも発表した。
THE SURF NEWSの取材に対し、SFJ中川淳代表は「そもそも放射線物質というものは自然界にもあるもので100%除染は出来ない。政府やIAEAの科学的分析結果から安全性にも問題ないと考えているが、どうしても心配な場合は自分で水質調査活動が行えるように助成金で支援する。むやみに反対活動をすることは風評被害を煽ることになる。」とコメントした。
漁業関係者は反対、地元自治体のスタンスは様々
処理水の海洋放出には強い反対意見がある一方で、福島原発の廃炉を進めるうえで仕方のない選択だと、一定程度の理解を示す人達もいる。
・全国漁業協同組合連合会
全国漁業協同組合連合会は、昨年4月から一貫して抗議を表明している。2021年12月、政府がALPS処理水の処分に関する行動計画を策定したことを受けて、以下の抗議声明を発表した。
「本年4月に基本方針が決定されたことに対し、ALPS処理水の海洋放出に断固反対であることはいささかも変わるものではないことを表明し、漁業者の不安を払拭するため、5項目の申し入れを行ったところである。本日、JFグループ・漁業者の申し入れに対する回答がないまま、このような行動計画が策定され、一方的に進められようとしていることは極めて遺憾であり、強い憤りとともに厳重に抗議するものである。」
・福島県漁業協同組合連合会
2021年12月、福島県漁連の会長は、萩生田経済産業大臣に対し、「われわれの生活の場に保管されるべき水が放出されることに、分かりましたとは言えない」と放出反対を改めて訴えたことを複数メディアが報じている。
・福島県
福島県知事は、海洋放出自体には反対をしていないものの、その実施や風評対策を万全に行うよう4月15日に経済産業大臣に申し入れを行っている。
「新たな風評が生じるのではないかという懸念と、復興の実現に向け、廃炉作業を安全かつ着実に進めなければならないという大きなジレンマを抱えている。(中略)処理水の処分によって、これまで県民が積み重ねてきた風評払拭の努力を後退させることのないよう、国が前面に立ち、関係省庁が一体となって万全な対策を講じるよう、次のとおり申し入れる(後略)」
・環境団体NGOグリーンピース
環境団体グリーンピースは、昨年4月から海洋放出に反対する署名活動を展開。これまでに36,000名超が署名を行っている。
まとめ
今年2月には国際原子力機関(IAEA)の専門家らが来日して、安全性をレビュー。その報告書は4月に公表される方針だ。今春には、放射性物質のモニタリング地点を12地点から50地点に強化。今年9月には処理水を薄めた水でヒラメやアワビの飼育試験を始める。
漁業関係者らの反対も根強いことから、実際に来年春に海洋放出が始まるのかについては疑問の声もあるが、少しずつ準備が進められているのも事実だ。
地元サーファー達の取り組みもあり、少しずつ以前のような賑わいを取り戻してきた福島のサーフシーン。処理水の海洋放出によって逆戻りすることのないよう、政府には透明性のある情報をより広くの人に届けて欲しいと願う。そして、サーファー達も(闇雲に賛成反対を示すのではなく)まずは情報収集をして、考えて行動したいと思う。
(THE SURF NEWS編集部)
<取材協力>
経済産業省 資源エネルギー庁:https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/fukushima/
日本サーフィン連盟:https://www.nsa-surf.org/
GLORY SURF:https://www.facebook.com/glorysurf0246/
サンマリン:https://qqxh5ex9k.wixsite.com/sunmarine
サーフライダーズファウンデーションジャパン:https://www.surfrider.jp/